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女は死なない

第6回 男の優しさ=室井佑月

「あの人、男好きよね」という悪口がある。あたしはこの悪口の意味がわからない。

     ふつう女は男が好きでしょ。いいや、嫌いな男もいるから、人間として好きか嫌いかなのか。

     それでも、はっきりいえる。あたしは男が大好きです!

     あたしは男の、優しさが好き。

     先日、あるタレントHさんから話を聞いた。仲が良い友達が白血病になってしまったと。

     長い闘病生活はお金がかかる。その間、仕事もできない。

      Hさんはそのことを知っていたから、友達にお金を渡したかった。

     が、友達は Hさんからお金を受け取ることをためらうだろう。長い付き合いだから、友達はそんな男だと知っていた、と Hさんはいっていた。

     そこで、Hさんはどうしたか?

     競馬場にいくのである。馬券が当たるまで、えんえんと勝負するのだ。

     勝つまで勝負しつづけていたら、いずれ勝つ。

     最終的に、100万円の束を作って、友達の病室に持って行った。

     適当な紙袋に札束を入れ、友達に渡した。友達は中身を見て、案の定、こんなもの受け取れない、と激怒した。

      そこでHさんがいった。さりげなく。

    「ああ、そういうんじゃないから。よく見てみろ。競馬でたまたま勝ったんだ」

     札束の帯には、白地にグリーンの『JRA』の文字が。友達が笑う。

    「いっつも負けてるおまえがどうした?」

     ほんとは友達も、わかってる。Hさんがこの札束を作るまで、どれだけ苦労したかを。銀行へ行って、自分の口座から100万円を下ろし、友達に渡す方が簡単だったはず。

     けれど、友達の負担にならずに金を渡すには、この方法しか考えつかなかったんだろう。

     素敵だ。こういう話を聞くと、男っていいな、と思う。

     これが案外、女のあたしには出来ない。

     20年くらい前だったろうか、仲が良い女友達が、子宮筋腫の摘出手術で入院したことがある。

     友達は売れっ子ライターで、仕事がノリにノッていた。友達はあたしとおなじくフリー。そんなときに仕事を休まなきゃならないなんて、どれだけ気落ちしているだろうと思った。

     今の彼女になるまでの、努力の数々も知っていた。今来ている仕事は、次も来るとは限らない。彼女もあたしと同様、年老いた親を抱えていた。ものすごく不安だろうな、と想像した。

     あたしは彼女の病室に飛んで行って、彼女に封筒を渡した。たしか、中身は10万円だったと思う。

     こんなのいらない、といわれるに違いないから、前もってあたしからいった。

    「これ、保険みたいなもん。あたしが病気になったら返して」

     友達は複雑な顔をしていたが、病院で怒鳴りあっても仕方ないと思ったのか、術後で怒鳴る元気もなかったのか、封筒をすんなり受け取った。

     それから5年経ち、あたしも膵臓(すいぞう)の腫瘍摘出手術で入院をすることになった。友達から封筒がそのまま返ってきた。

     たぶん、友達は5年間、あたしに10万円を返す日を待っていたのだ。あたしらは同等な友達同士、意地でもあいつに借りなんて作るかいっ、という気持ちでいたんだと思う。

     そしてあたしも、じつはあの10万円のことを、忘れてなかった。自分になにかあった際、こうして返ってくるような気がしていた。

     前出のHさんの話に戻すが、彼は100万円が返ってくるなんて考えたこともなかったろう。

     友達が困ってる。なんで困ってる? 金か? お金の問題だからお金を用意しなきゃと、それだけだったように思う。その後のことなんて考えちゃいない。

     対して、あたしとフリーライターの友達はちょっと違う。もちろん、友達の窮地を少しでも助けたい、という気持ちが真っ先にはあるのだが、自分が窮地に陥った時、おなじように助けてもらいたいから、という気持ちもどっかにあった。

     これが、あたしの考える男と女の優しさの違いだ。

     男は他人に優しくしたいから、優しくする。女は他人に、優しくされたいから優しくする。

     男の優しさには狙いがない。

     それが良い場合と悪い場合があるんだけどね。相手が見えていないから、独りよがりになってしまったりとか。せっかく良いことをしたのに、誰にも気づかれないとか。

     いいや、気づかれなくてもいいんだろう。自分がそうしたいから、ただそれだけなんだから。

     あたしは男の、まっすぐで純粋な優しさに触れるたび、感動する。男っていいな、好きだな、と心から思う。

    室井佑月

    1970年、青森県生まれ。雑誌モデル、銀座・高級クラブでのホステスなどを経て、1997年に「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」に入選し、作家デビュー。小説家、随筆家、タレントとして多岐にわたり活動している。2000年に第一子となる男児を出産。2016年には、一人息子の中学受験と子育てについて愛と葛藤の8年間を赤裸々に綴ったエッセー『息子ってヤツは』(毎日新聞出版)を上梓。主な著書に『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花』(集英社)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)、『ママの神様』(講談社)などがある。

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