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支え合う、競技も子育ても 聴覚障害の夫と全盲の妻

千明(左)が出場したリオデジャネイロ・パラリンピックの写真を眺める裕士(右)と諭樹さん。諭樹さんが千明の手を取り「これはママが踏み切る写真」「こっちは着地したところ。砂がバッと上がってるよ」と説明した=徳野仁子撮影

陸上 高田裕士(32) 千明(32)

 本心から声をかけられていると分かってはいても、その言葉を聞くとやはり違和感を覚えてしまう。「大変だけど、頑張っているね」。そろって障害者スポーツの陸上競技でトップ選手である高田裕士と妻千明は障害を抱えながら、競技と子育てを両立している。裕士は生まれつきの感音性難聴で、千明は18歳で全盲になった。結婚して約10年になるが、裕士に互いの障害を補い合うという意識はない。「困っているから助ける、ということ」。子育てでも同じだった。

     東京都内の自宅を訪ねた。食卓に並んだのは、千明お手製のハンバーグだ。それをおかずに、長男諭樹さんは必死にご飯をかき込んだ。ママの作る料理で好きなものは--。そう問われた諭樹さんは、「分かんない」。これからもっとおいしいものが出るかもしれないから、というのが真意なのだそうだ。夫婦は交代して1週間の練習をやりくりする。ともに競技活動中心の生活を送るため、家族3人が食卓を囲むのはまれだ。落ち着いた口ぶりで「一緒に食べられる日はあまりないから」と語る諭樹さんに、裕士も千明も複雑な様子だった。

     生まれつき弱視だった千明は、中学生から盲学校(現在の視覚特別支援学校)に通い始めた。調理実習に加わらなくてもいいと言われていた小学校とは違い、盲学校では調理台が一人一つ用意され、全工程を任された。「『火を使う場合はこうすると危ないよ』というのは教わっていたから」。授業の記憶を呼び起こし、料理のレパートリーを増やした。

     家事はできる範囲のことをやる。背伸びはしない。二人が決めたことだ。だが、競技での妥協は許せない。裕士は聴覚障害者の祭典、デフリンピックの男子400メートルと同障害に2009、13年と2大会連続出場。千明は昨年のリオデジャネイロ・パラリンピック女子100メートルと走り幅跳びに出場して、初の大舞台を経験した。「目指す大会は違うけど、順位やメダルの色で負けたくない」。裕士が話せば、千明も「私が最初に金メダルを取る」。どちらが先に世界一になり、諭樹さんを笑顔にするか。家庭から一歩外を出れば、意地を張り合うライバルになる。

    短距離、走り幅跳び 高田千明

    リオデジャネイロ・パラリンピックの女子走り幅跳び(視覚障害T11)で、8位だった千明=徳野仁子撮影

    用具、コーチ……続く試行錯誤

     聞こえない裕士と、見えない千明。障害自体が正反対の二人が出会ったのは、2006年10月に兵庫県で行われた全国障害者スポーツ大会だった。

     千明は聴覚障害の選手が大会中に楽しそうに笑う声が耳に残っていた。コミュニケーション方法である手話の動きは見えない。ただ、これまで接点がなかった選手たちとふれ合いたい気持ちが勝り、「手話を学びたい」という気持ちが芽生えたのだという。「聴覚障害ですごくしゃべる人がいる」。それが裕士の第一印象だ。千明にとっては、手話の先生として打ってつけの存在になった。

     幼少期の訓練で、裕士には物心ついたときから声を出していたという感覚があった。「苦労した記憶がないんですけど、親が言うには相当厳しい訓練をしたそうです」。相手の会話の内容は唇の動きから読み取るが、受け答えは自分で声を出す。しかも、よどみがない。「声を出した方が相手に響くこともある。親にはすごく感謝をしています」と裕士は言う。依頼を受けて講演を行うときも、その姿勢は変わらない。

     裕士の手を取り、言葉に耳を澄ませ、千明は手話で表す言葉を脳裏に刻んだ。障害者スポーツ大会終了から数カ月後、互いに練習をしていた競技場で偶然再会。同い年の二人の心が通い合うのにそう時間はかからず08年10月に結婚。千明はこの時すでに諭樹さんを身ごもっており、約2カ月後に出産した。

     両親の障害を十分に理解できない幼少期には、諭樹さんとのコミュニケーションに苦心した。「『パパの言っていることが分からない』と叫ばれることもあった」と裕士は振り返る。千明にしてみても、湯に溶かす粉ミルクの分量を正確に測ることができなかった。それでも、「できないことは仕方がない」と適度に割り切ることで乗り越えてきた。

    400メートル障害 高田裕士

    夕食を取りながら団らんする(右から)千明、裕士、諭樹さん。裕士は相手の唇を読み取るが、千明が手話で伝えることもある=徳野仁子撮影

    「できないことは仕方がない」

     試行錯誤は競技生活も同様だ。裕士は400メートルでは国際大会に3度出場したが、すべて決勝進出を逃してきた。周囲は跳躍力に着目し400メートル障害への転向を勧めた。13年に障害に専念すると、直後にブルガリアで行われたデフリンピックで7位入賞した。用具では00年シドニー五輪女子マラソン金メダリスト、高橋尚子さんのシューズを手がけた三村仁司さんを訪れて自身の足形に合うように調整を依頼するなど、7月にトルコで開催されるデフリンピックでのメダル獲得へ余念がない。

     短距離に加えて走り幅跳びにも取り組む千明も、リオデジャネイロ・パラリンピックで8位に終わった反省から、専門コーチの指示を仰ぐようになった。08年北京五輪女子走り幅跳び代表の井村(旧姓池田)久美子さんだ。持ち前のスプリント力を跳躍力にどうつなげるか。井村さんは踏み切るまでのリズムを足音で聞かせ、腕の振り方は細かく声をかけるなど、耳から正確な情報を伝えることに心を砕く。千明は「20年東京パラリンピックまではリズムをしみこませるのが勝負になる」と力を込める。

     両親の活躍を願う諭樹さんの夢は、医者だという。「パパは耳を、ママなら目を治したい」。うれしさを感じる半面、千明は「見えるママ、聞こえるパパの方がよかったのかなって……。切なくもなります」という。その様子を悟ったか、諭樹さんは「あまり気にしてない!」とぴしゃり。それぞれが強く思い合いながら、親子はこれからも寄り添っていく。

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