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平松 洋子・評『私のつづりかた 銀座育ちのいま・むかし』小沢信男・著

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ノブヲ少年の目がとらえた銀座の歴史と習俗の鮮やかさ

◆『私のつづりかた 銀座育ちのいま・むかし』小沢信男・著(筑摩書房/税別1800円)

 本書を開くなり度肝を抜かれたが、すぐ思い直した。だってあの小沢信男だもの。

 1927年生まれ、東京・銀座育ち。九十歳を目前にしたこんにちまで、六十余年にわたって執筆を続ける文筆家。その著作は俳句、詩、小説、エッセー、評論、ルポルタージュ……飄々(ひょうひょう)とジャンルをまたぎ、その仕事は誰にも真似(まね)のできぬものだ。たとえば『裸の大将一代記』は、放浪の画家山下清を描く画期的な評伝。『東京骨灰紀行』は大東京に埋もれた死屍累々、骨と灰を訪ね歩く希世の鎮魂記。読めば歯にかちんと石の当たる辛辣(しんらつ)さと毒、ユーモアや洒脱(しゃだつ)が共存し、独自のエスプリが全身にまわって虜になる。私もそのひとりだ。

 いやしかし、驚いた。昭和十年、銀座・泰明小学校二年一組のオザワノブヲ少年の作文十七本、まもなく九十歳の「私」みずから一本ずつ詳細に読み解く、その奇跡。茶色い表紙の「私のつづりかた」帖は、学校から作文を持ち帰るたび、整頓癖のあった父が千枚通しで穴を開け、ていねいに凧糸で綴(と)じてくれた現物というのだから、これまた奇跡。八十二年の歳月ののち、驚異の記憶力によって蘇(よみがえ)るノブヲ少年の姿、父が…

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