Listening
そこが聞きたい 「軍事研究否定」の新声明 日本学術会議検討委員長・杉田敦氏
政府の介入に警鐘
科学者の代表機関・日本学術会議が3月、軍事研究に否定的な新声明=1=を決議した。科学者が戦争協力した反省から、学術会議は1950年と67年にも同様の声明を出している。半世紀ぶりの新声明はなぜ必要で、何が変わったのか。取りまとめた政治学者の杉田敦氏(57)に聞いた。【聞き手・千葉紀和、写真・森田剛史】
--なぜ今、軍事研究に関する新たな声明が必要なのですか。
日本学術会議は科学者の戦争協力への反省をきっかけに発足し、50年に「戦争目的の研究には絶対に従わない」、67年に「軍事目的の研究を行わない」とする声明を出しました。しかし、二つの声明があったにもかかわらず、それから半世紀の間に、防衛省と大学との技術協力や米軍からの研究資金の導入など、軍事と学術の接近が進んできました。2015年には防衛省の「安全保障技術研究推進制度」=2=が始まりました。軍事的な研究は民生的研究と違い、学術の発展との間に特別な緊張関係がある分野です。対応を考えるため、昨年5月に検討委を設け、公開の場で議論を続けてきました。
--新声明は過去2回の声明を「継承する」と明記しました。何が変わったのですか。
事態がなし崩し的に進んでいるので、過去の声明を堅持するだけではなく、継承しつつ、今何をしなければいけないのかが問われています。そこで私たちは、研究の適切さについて、各研究者の個人的判断だけに委ねるのではなく、大学や研究機関で審査する必要があると考えました。憲法23条が「学問の自由」を定めているのは、学術研究が政治権力によって抑圧されたり、動員されたりしてきた歴史があるためで、研究者が自らの判断で何でも決められるという意味ではありません。過去の声明が出された背景にも、科学者たちが戦争に協力する研究に動員され、自主的・自律的な研究という本来の姿を失ったことへの反省と、同様の事態が起こることへの懸念がありました。私たちはこの趣旨を継承しています。大学などの研究が一定の方向に向けられれば、学術の健全な発展につながらず、健全な発展を通して科学者が社会に貢献することにもなりません。
--現実に自衛隊は存在し、自衛や安全保障のための研究は問題ない、むしろ必要だという意見もあります。新声明はその是非に触れていませんね。
検討委員の中にもそう主張する人はいましたが、自衛目的かどうかで線引きをしても意味はありません。なぜなら、自衛とは何か、許される自衛はどこまでか、集団的自衛権は含まれるのか、個別的自衛権だけなのかといった自衛概念を巡る議論は日本では常に最大の政治的争点で、意見が分かれているからです。仮にこの点で意見が一致したとしても、「自衛のための技術研究」は研究の是非を判断する基準になりえません。軍事的な研究は普通、攻撃目的であっても防衛目的と表現するものです。つまり「自衛目的なら」という条件はフィルターの役割を果たさないのです。それよりも、新声明は「研究の自主性・自律性・研究成果の公開性」を重視し、軍事的な研究は「研究の方向性や秘密性の保持を巡って、政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」と指摘しています。軍事的な研究は政府機関が強く関与してきますし、軍事分野は緊急性や重要性を主張して他分野より優先される傾向があります。軍事に秘密は付き物で、民生研究とは違う特殊さがあることを危惧しています。
--大学に研究の適切さを審査する制度を設けるよう提言していますが、丸投げにも見えます。歯止めはかかりますか。
過去2回の声明を「継承」し、防衛省の制度には「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」とまで指摘し、大学などに対しては「自由な研究・教育環境を維持する責任を負う」とも言っています。学術会議には命令する権限はないので、言える限界まで踏み込んでいるし、考え方は明確に示していると思います。今後は大学側がどう受け止めて反応するかが問われるでしょう。また、各学会にもガイドラインを設けることを求めています。例えば、ロボット研究の成果は介護にも使えますが、戦場でも使えます。デュアルユース(軍民両用)と言われる問題ですが、「こういうものは許される、許されない」と一律に文言で示すのは事柄の性質上、非常に難しく、その分野に詳しい専門家集団が是非を判断する方が良いでしょう。学術会議は今後も、審査制度が形骸化したりガイドラインがお手盛りになったりしていないかを検討し、発言していく義務があります。
--科学技術の成果は使い方の問題で、声明は研究現場を萎縮させるとの批判もあります。
科学者は自分のテーマで研究するだけで、研究成果の利用については政治や国民の問題だという意見もあり得ますが、学術会議が過去の声明で示した考え方は違います。研究成果の使われ方には、科学者にも社会的責任があると捉えており、新声明でもその考えを継承しています。また、研究資金はどこから来ても同じという主張もあります。しかし、それではなぜ軍事的な資金制度を設けたり、拡充したりする必要があるのでしょうか。この厳しい財政状況でも、防衛省の研究制度の予算は大幅な増額が認められました。明らかに政治的な決断があるのです。軍事的な研究資金がどんどん増えていくと、他の研究分野は削られてしまいます。そんなゆがみが社会にとって良いことなのか、というマクロ的視点で問題を捉えています。
--半世紀の間、この問題で積極的な議論がされませんでした。
本来、軍事との関係という学術にとって重大な問題は学術会議が最も考えるべきことですが、67年以降は意思表示をせず、軍事と学術との接近が進みました。今回、学術会議の考え方を示しましたが、全ての科学者、全ての大学、全ての学会も考えるべき問題です。議論を続けていくことが重要です。
聞いて一言
歯切れが良かった過去2回の声明と比べ、今回の声明ははっきり言って分かりにくい。妥協の産物だからだ。本紙のアンケートでは、研究の審査を求められた大学側にも戸惑いが見られた。それでも私は新声明の志を買いたい。現政権が露骨に「軍」と「学」の接近を推し進める現状を追認せず、抵抗の礎となり得る旗を立てたからだ。科学技術のゆがんだ歩みは常に時の権力や世論を反映してきた。大学と学会は、思考停止せずに、歴史から学び、議論を積み重ねることが求められている。
■ことば
1 新声明
名称は「軍事的安全保障研究に関する声明」。過去2回の声明を「継承」し、軍事的な研究は「学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」と指摘した。研究の適切さを審査する制度を各大学などに設けるよう求めたのが特徴。声明に拘束力はないが、大学などの対応の指針となる。
2 安全保障技術研究推進制度
防衛省が、防衛技術に応用できる先端的研究を大学や企業などに委託する公募制度。2015年度に始まり、予算額が3億、6億、110億円と年々増えている。防衛省がテーマを定め、高出力レーザーなど19件(うち大学9件)が採択された。新声明は制度に対し「問題が多い」としている。
■人物略歴
すぎた・あつし
1959年群馬県生まれ。東京大法学部卒。新潟大助教授などを経て96年から法政大教授。専門は政治理論。著書に「権力の系譜学」「権力論」「政治的思考」など。憲法に従った民主政治の回復を目指す「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人。