SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『夜の谷を行く』『美酒と黄昏』ほか

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今週の新刊

◆『夜の谷を行く』桐野夏生・著(文藝春秋/税別1500円)

 1970年代初め、過激化する左翼集団が山に籠もり、次々と仲間を「総括」の名のもとに虐殺していった。「山岳ベース」と呼ばれるこの事件を、桐野夏生が『夜の谷を行く』で小説化した。

 西田啓子・63歳は一人暮らし。5年前に学習塾を閉じ、今はジムと図書館通いで日々を過ごし「目立たないように静かに」生きている。というのも、あの年、あの事件に連座し、投獄された過去を持つからだ。

 しかし、永田洋子の死と、かつての仲間からの一本の電話を発端に、亡霊のように過去が啓子を波立たせる。そして東日本大震災。「何かが終わった」と感じた彼女は、次第に過去と向き合っていく。

 元夫や同志との再会、事件を追うジャーナリストとの接触と、革命を夢見た自分という存在が裸形にさらされる。そして「陽の当たらないひとつの真実」が明らかに。重い過去を個人的な体験として描く、作家の力量が発揮された作品だ。映画(ドラマ)化の予感あり。

◆『美酒と黄昏』小玉武・著(幻戯書房/税別2200円)

 サントリー宣伝部で、開高健や山口瞳の後から、いつも背伸びして一杯、また一杯と酒場修業をしたのが小玉武。酒と作家たちの関係を、俳句を冒頭に掲げつつ『美酒と黄昏』で追慕する。

 原稿依頼をするため、横浜の山本周五郎宅を訪問した若手編集者だった日のこと。すぐに快諾は得られない。通いつめるその度、目の前に出されるのがウイスキーのミルク割りだった。そうしてもらった原稿を読んだ先輩の山口瞳は「ホームランだ」と喜んだ。

 「肩は男の酒場である/いつも誰かの手が憩う」と詩に謳(うた)ったのは寺山修司。著者は彼から3時間も話を聞いたことがある。しかし、寺山は「ガマン、ガマン」と酒抜きだった。10カ月後に死去。踵(かかと)の高いサンダルとともに、鮮烈な印象を残した。

 その他、井伏鱒二、吉行淳之介、野坂昭如、村上春樹など、夕暮れになるとストゥールに腰をかけ、杯を傾ける男たちの心情が、達意の名文でひたひたと胸に迫る。

◆『別れの挨拶』丸谷才一・著(集英社文庫/税別730円)

 何もかも用事を済ませ、一日の終わり、ベッドにもぐり込み、しばし丸谷才一の文章を読むのは、最上の喜びの一つだった。しかし、『別れの挨拶』が最後の新刊となってしまった。例によって、書評、文学論、和歌評釈、日本語、会での挨拶(あいさつ)など、さまざまな文章を収める。英国人はなぜ皇太子を小説に書かないか。あるいは、美男を観賞することを難じる近代日本批評の窮屈さを批判する。川端康成「末期の眼」を援用した大岡昇平論などいずれも刺激的かつ、読むことで頭が柔らかくなる。

◆『ぼくの東京全集』小沢信男・著(ちくま文庫/税別1300円)

 昨年刊の『俳句世がたり』から今年に入り『私のつづりかた 銀座育ちのいま・むかし』、そしてこの『ぼくの東京全集』と、もうすぐ90歳の現役作家の快進撃が続く。本書は、銀座育ちの小沢信男が、これまで書き続けた「東京」に関する文業を、一冊に編み直した文庫オリジナル。エッセー、小説、それに俳句や詩も収める。焼け跡の闇市事情のリポートもあれば、散歩しながら新旧の両国を懐古する文章もある。自由自在に東京を懐にし、よく見える目と弾む心でつづる東京文集。

◆『生きることは闘うことだ』丸山健二・著(朝日新書/税別720円)

 丸山健二は、1966年に当時最年少で芥川賞を受賞しながら、68年には長野県へ移住。以後、独自の作家活動を続けている。『生きることは闘うことだ』は、たった4行という縛りを作り、個人とは、社会とは、家族とは、国家とは何かを、直言する。「要は、理不尽な金にころぶか、ころばないかにある。そのことひとつで、人間であるか、人間でないかが決まる」「若者が国家や社会に対して怒りを覚えなくなってしまったら、その国は死んだも同然」と闘う姿勢を貫く言葉たち。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年4月30日増大号より>

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