JR福知山線脱線

「今も足が震える」救助に走った会社員

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事故現場の画像を見て当時を振り返る日本スピンドル製造の笹山常俊さん=根本毅撮影
事故現場の画像を見て当時を振り返る日本スピンドル製造の笹山常俊さん=根本毅撮影

25日で12年 救助指揮の笹山さんの心にも傷を残し

 兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故は25日で発生から12年となる。従業員約250人が救助に駆けつけた地元の産業機械メーカー「日本スピンドル製造」はこの日、事故現場に従業員を派遣し献花する。だが、救助を指揮した嘱託社員、笹山常俊さん(63)は今年も足を運べない。「現場に立つと、今も足がガクガク震える」。乗客106人の命を奪い、500人以上が負傷した事故は笹山さんの心にも傷を残している。

 事故があった午前9時18分ごろ、同社工場にも爆発のような音が届いた。従業員は通用門から約50メートル離れたマンションの衝突現場で惨状を目にした。

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