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コバルトブルーに石材…「諦めたら最後」

米軍普天間飛行場の移設に向け、護岸工事が始まった名護市辺野古沿岸部=沖縄県名護市で2017年4月25日午前10時4分、本社機「希望」から長谷川直亮撮影

 辺野古の海に石材が次々と投入され、かつてない怒りと悲しみが沖縄に広がった。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設計画は、政府が25日に海を埋め立てる護岸工事に着手して大きな節目を迎えた。普天間飛行場の返還合意から21年。選挙や集会などで幾度となく県内移設反対の民意を示してきた人々は、辺野古の陸と海で悲憤の拳を上げた。

 辺野古前に広がるコバルトブルーの大浦湾。移設反対派の海上抗議を監視するため、早朝から海上保安庁のゴムボート10艇以上が波打ち際で待ち受ける厳戒態勢が敷かれた。

 午前9時20分ごろ、砂浜からクレーン車で袋詰めされた縦横3メートルほどの石材が海に投入されると、約2キロ離れた高台から双眼鏡で確認していた県職員が慌ただしく県庁に電話を入れた。

 十数隻の反対派のボートやカヌーが現場海域に駆け付け、国側が設置したフェンス状の浮き具近くまで接近。海保のゴムボートなどが進路をふさぐように対峙(たいじ)した。

 同じ頃、近くの米軍キャンプ・シュワブのゲート前には市民約100人が集まり「辺野古 埋立て阻止」などのプラカードを掲げ「工事を止めるぞ」と声を上げた。沖縄県与那原町の作業療法士、泰真実(やす・まこと)さん(51)は3年前からゲート前での座り込みを続け「本土の人々は米軍基地が必要だと言うが、どこも痛みを分け合ってはくれない。(着手は)沖縄県民を諦めさせるセレモニーだ」と憤った。あらゆる手段で対抗するとしている翁長雄志(おなが・たけし)県知事に対しては「とにかく辺野古に基地を造らせないという言葉を有言実行してほしい」と祈るように語った。

 同県読谷村の保育士、城間真弓さん(38)は「(埋め立ての)作業はショック。海に対して取り返しのつかないことになる」と焦燥感を募らせながら「諦めたらおしまい。この島で生きる母親としてできることをやろうと思ってやってきた。この沖縄から日本を変えたい」と声を振り絞った。【蓬田正志、佐野格】

地元容認「仕方ない」

 激しい抗議活動が広がる中、辺野古移設を条件付きで容認する地元住民らは複雑な思いで工事を見守った。

 辺野古で約20年前からスーパーを経営する許田正儀さん(67)は「海と共に育ってきたので、つらい」と沈痛な表情を浮かべた。終戦直後の辺野古の人たちは辺野古の海で食糧難をしのいだ。許田さんも幼い頃からタコやサザエを取った。移設に反対した時期もあったが、容認に転じた。「どんなに声を上げても政府は聞き入れてくれなかった。仕方なかった」と苦悩を振り返る。

 移設された後の騒音は心配だ。「本格的に工事が始まればもう戻れない。空や海はどうなるのか……」

 辺野古青年会の徳田真一会長(32)も「正直、基地は来ない方がいい」と表情は晴れない。

 目立った産業がなく、同級生の8割は那覇市など都市部に出て行った。活気が薄れる中、キャンプ・シュワブの米兵らが相撲大会などに参加して地区を盛り上げてきた。地区は10班に区分けされているが、住民は親しみを込めて米兵たちを「11班」と呼ぶ。

 地域振興を条件に移設を容認するが「危険な飛行場が来るのは自分たちも不安。でも国は移設を進めるんだからどうしようもない」とため息をつく。この日も多くの反対派が県内外から集結した。「いつかは反対派はいなくなるが、私たちはここで生活していく。早く決着をつけて静かな町を返してほしい」【川上珠実、蓬田正志】

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