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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『あの頃』『キトラ・ボックス』ほか

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今週の新刊

◆『あの頃』武田百合子・著(中央公論新社/税別2800円)

 私は武田百合子を、あの内田百ケンと並ぶ文章家だと思っている。没して四半世紀、夫・武田泰淳との日々をつづった名作『富士日記』はいまだに読み継がれ、新しいファンを生んでいる。

 娘の武田花編による『あの頃』は、単行本未収録のエッセー集。100余りもあるとは驚いた。武田泰淳についての追想あり、日常雑記あり、味、映画、テレビの話ありと、既刊の単行本だけでは知り得なかった、より広範な武田百合子の世界が広がっている。

 夫が亡くなって1年、道で夫婦連れとすれちがった時のことを、たとえばこう書く。二人を「眺めまわす。通りすぎてから振り返って、また眺めまわす。羨ましいというのではない。ふしぎなめずらしい生きものをみているようなのだ」。見ることがすべてなのだ。それを今生まれたような言葉で再現できる。すばらしい技量だ。

 全500ページ強。どのページを開いても、あの懐かしい武田百合子の声がある。

◆『キトラ・ボックス』池澤夏樹・著(角川書店/税別1700円)

 池澤夏樹『キトラ・ボックス』は、小説を読む醍醐味(だいごみ)を存分に感受させてくれる長編。扱う時代は1300年前と現代、というからスケールも大きい。

 奈良天川村の神社から調査を依頼された鏡について、考古学者の藤波は、シルクロードの町から赴任してきた民博の女性研究員・可敦(カトウン)に協力を仰ぐ。彼女は、同じ神社の銅剣に象嵌(ぞうがん)された模様から、キトラ古墳との関係を指摘する。

 古代から現代へ、鏡と剣の謎が運ばれ、その調査に乗り出した2人だったが、瀬戸内の島で、可敦の拉致未遂事件が起きる。新疆(しんきよう)ウイグル自治区独立運動指導者と、彼女の関係は? 北京を相手取る時事問題に発展するのか?

 古代の死者が鏡と剣を巡る運命を語るなど、手の込んだ手法で、著者は読者を飽きさせない。拉致犯を撃退する、藤波の「石つぶて」という意外な隠し芸も、物語に綾(あや)をつけて楽しい。古代ミステリーという範疇(はんちゆう)に収まらない、玉手箱のような作品だ。

◆『寺山修司論』守安敏久・著(国書刊行会/税別5400円)

 寺山修司については、すでに多くの論考、評伝が出ているが、まだ語り足りないことがあった。守安敏久『寺山修司論』は、文筆業以外のラジオ、テレビ、映画、演劇と広がる寺山の仕事をこの大著で検証。そこに誇張、過剰、不規則という「バロックの大世界劇場」(副題)を見いだす。当時の新聞記事、演劇パンフなど貴重な図版も多く取り込み、詳細な年譜、索引も付す。著者も聞き手に加わった1970年のインタビューでは、寺山をものまねするタモリにも「らしい」語り口で言及。

◆『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ/著(岩波文庫/税別1130円)

 我々の世代は田辺保訳で、この難解な哲学書に挑んだものだった。シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』は、冨原眞弓による新訳。ナチス台頭のパリで、決して絶望しないため、若き著者が考え抜いた思索の戦いの跡が、断片集となってここにある。「善への愛にうながされて、途上で苦難の待ちうける道にふみだすも、一定の期間をへて自身の限界に達し、みずから品位を貶めてしまう人びとの悲劇」は今もある。決してわかりやすくない。苦しい時代を生きぬくための「挑む読書」なのだ。

◆『ビートたけしと北野武』近藤正高・著(講談社現代新書/税別800円)

 なるほどなあ。近藤正高『ビートたけしと北野武』を読んで初めて気づいた。たけしがテレビドラマや映画で扮(ふん)した「黒い福音」の刑事、金嬉老、三億円事件の犯人、大久保清、千石イエスなど、多くが昭和の事件で実在する人物である。しかも、そこには差別や暴力、そして宗教と、社会の歪(ひず)みから生まれた欺瞞(ぎまん)が描かれている。著者は、それら出演作品を洗い出し、たけし自身の半生と重ね合わせながら、タイトルのように二つの名を持つ「二面性」にも迫る。戦後日本論としても読める。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年5月7-14日GW合併号より>

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