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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 窪美澄 『やめるときも、すこやかなるときも』

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傷口を広げて見せるような物語は今の時代に合わないのだと思う

◆『やめるときも、すこやかなるときも』窪美澄・著(集英社/税別1600円)

 大きな悲劇を経験した後、人は思ってもみなかった感覚の欠落に苦しめられることがある。窪美澄さんは今回の作品で、「記念日反応」と呼ばれる状態を起点として、小説を紡いでいった。

「編集者から、“何かしら感覚が欠落した人を書いてみませんか?”と言われたんです。そこで、真っ暗闇の中をグループで手を携えて進む体験型インスタレーションに参加したり、聴覚に障害を持っておられる方の本を読んだりしました。生まれながらの欠損だと私が書くには距離がありすぎるので、ある出来事以降、五感のいずれかの感覚が狂ってしまった人を書くことにし、リサーチする中でキャッチしたのが記念日反応です」

 記念日というと良き思い出の日付を想起しやすいが、記念日反応はまったく逆。決定的な事件や事故、ショックを浴びてしまったその日を迎えると、毎年決まって身体の感覚に異常をきたす症状のことだ。登場人物のその苦しい反応の原因として、ある一つの「死」がある。

「死という喪失体験は、作品を引っ張っていく大きな力になっていると思います。私も年齢を重ねて、自分より若い人も含め、身近に死があると感じることが多くなりました。大切な人が突然いなくなり、日常が断ち切られる、ということ。そしてあの東日本大震災がありました」

 死とトラウマに彩られながらも、同時にこれは回復と再生の物語でもある。記念日反応に苦しむ男性は、男性体験の無さや父親との不和など、また別の苦しみと共に歩む一人の女性と出会う。男性は家具職人であり、彼の手で丁寧に作られた椅子は、彼女の中の深い何かを魅了する。そして女性もまた、過去の残像に苦しむ男性の中に、一筋の淡い光となって差し込んでいく。

「職人の世界に元々興味を持っていましたが、今回、家具職人の設定にしたのは無意識でした。大工さんのように大きなものではなく、椅子という、手の中に収まる製品を作っているそのサイズ感が今回の小説世界に合っているし、椅子は人が休むための道具でもあります」

 すべてひらがなで優しく表記されたそのタイトルのように、今回の作品はおだやかで温かい。セクシュアルな描写の多い窪作品の中にあって、これは新たな変化、なのだろうか。

「『さよなら、ニルヴァーナ』という作品がバッドエンディングで、自分の身を殺(そ)がれるような思いをしながら書きました。その反動もあり、なにか春の光を感じさせる終わり方にしたいとは、意識的に思っていました」

 このことは今回の作品に限らず、フィクションを書き続ける作家としての決意表明のようにも感じられる。

「小説を書くことって、縫いぐるみの背に綿を入れていくような作業だと思っているんです。今回は読者にその傷口をバーッと見せるのではなく、縫い目を丁寧に縫った感じでしょうか。今、フィクションの役目として、傷口を広げて見せるのは時代に合わないのではないか。なんて言いながら、『5年に1回くらいはバッドエンディングもいいかな』と思ったりもするんですけど(笑)」

(構成・北條一浩)

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窪美澄(くぼ・みすみ)

 1965年、東京都生まれ。女による女のためのR-18文学賞大賞受賞作「ミクマリ」を含むヒット作『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を受賞。他に『晴天の迷いクジラ』(山田風太郎賞)、『アカガミ』など著作多数

<サンデー毎日 2017年5月7-14日GW合併号より>

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