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特集ワイド

ジャーナリスト・安田純平さん長期拘束 政府、力尽くしたか 尾を引く「自己責任論」

ジャーナリストの安田純平さん=東京都で2015年1月、宮間俊樹撮影

 安田純平さん(43)を覚えているだろうか。2015年、シリアで行方不明となり、反政府勢力「シリア征服戦線(旧ヌスラ戦線)」に拘束されたとみられるジャーナリストだ。最近、政府が救出に動いているといった報道を聞かない。このまま解決しない日々を重ねていくのか。【藤原章生】

 表は邦人が海外で誘拐または拘束された過去40年の主な事件だ。北朝鮮による拉致を除くと計30件に上る。「解放率」を年代で見ると、1980年代は67%。90年代に90%に上がり00年代は再び67%に落ち、10年以降、ひどい結果が続いている。拘束期間を見ると、安田さんの件を除いた29件の平均は3カ月。最長は、小泉純一郎政権下で起きた、左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」による矢崎総業現地副社長の誘拐事件で、2年9カ月にわたる身代金交渉の末、被害者は戦闘に巻き込まれ殺されている。

 安田さんの場合、発生から1年10カ月が過ぎ、歴代2位の長さだ。進展が見られない中、家族や友人が「忘れないで」と声を上げ始めている。4月15日には記者や学者らが東京都内で集会を開き「政府が積極的に動いている様子が見えない」と訴えた。米政府がシリア征服戦線に拘束された米国人を救い出すため、20カ国以上に協力を求めた例を挙げ、日本政府に解放への行動を求めた。

 同じ戦線に義勇兵として参加しているウイグル人に接触できる人脈から、安田さんの安否情報に肉薄してきた中央大講師の水谷尚子さんは「解放に向けた鍵となるトルコの機関などに日本政府が働き掛けた痕跡がなく、積極的に動いているとは思えない」と批判する。99年8月にキルギスで起きた政府機関派遣技師誘拐に比べ国の対応が明らかに違うと指摘し、「政府が熱心ではないのは安田さんがフリージャーナリストだからではないでしょうか」と語る。

 日本では小泉政権を境に被害者への風当たりが強くなった。04年にイラクで3人が拘束された際、小池百合子環境相(当時)が「危ないと言われているところにあえていくのは、自分自身の責任の部分が多い」と言い切ったのをはじめ、閣僚らが「自己責任」という言葉を流布させた。この造語を報道機関は批判せずに垂れ流す過ちを犯した。

 「政治家が決して口にしてはいけないことを言い、『自己責任』を国民に浸透させた。だから、良識のありそうな人が『1人を救出するために国税を使うのは』と平気で言う時代になってしまった」とは、ジャーナリスト、高世仁(たかせひとし)さんの言葉だ。映画監督の綿井健陽(たけはる)さんは政府の対応をこう例える。「救急救命士ならば、死にひんしている相手が自殺志願者だろうがテロリストだろうが、命を助ける。それが医療の倫理です。被害者の属性に関わらず、政府は(自国民に対し)最大限の救出活動をするのが大前提のはずなんです」

 単独の邦人誘拐では86年発生の三井物産マニラ支店長誘拐事件が記憶に残る。発生から4カ月半後の解放まで、多くの人々が若王子信行さんの無事を祈った。解放交渉に当たった元衆議院議員、山口敏夫さんは「アキノ比大統領に会い協力要請をしたのをよく覚えている。政府は失敗を恐れ表に立ちづらいので議員外交で解決を図ったんです」と振り返る。国会論戦も盛んで、中曽根康弘首相(当時)はこう答弁している。「全く胸を痛めており、奥様やお子さんの身になってみますと、どれぐらいご心配なさっているか。私の特使として梁井(新一)外務審議官を、自民党総裁特使として石原慎太郎議員その他をフィリピンに派遣し、早期救出を強く要請しました」(一部略)

 今の国会は、安田さんに関心があるのか。拘束下の安田さんの映像がネットに流れた昨年3月以降、委員会で安田さんの名が6回取り上げられたが、いずれも「情報収集など、しっかりと対応していきたい」という同じ政府答弁で終わった。あえて政府の姿勢を追及する議員もなかった。「人の命はてんびんにかけられないけど、(政府は)安田さんを軽んじていると誤解される要素はあるよね。事実そういう部分もないとは言えないね」と山口さんは見る。

 時代の違い、あるいは、この国の根にある何かが影響しているのか。

 シリア周辺で活動するジャーナリストの藤原亮司さんはこう語る。「日本人は他罰的で失敗した者を許さない厳しいところがある。他者をたたくことで、自分の正しさを確認するのです。このため、安田さんや後藤健二さん(フリージャーナリスト・15年1月にシリアで死亡確認)をたたくだけでなく、例えば川遊びで亡くなった家族を『無謀だ』『無責任だ』と非難してしまうのです。このような気質が、安田さん軽視の風潮に影響しているのでしょう」

 安田さんと前後しスペイン人やイタリア人、ドイツ人が戦線に誘拐されたが、政府の尽力で解放されている。前出の水谷さんは「こうした国々には『神の下の平等』という考えが基本にある。でも日本の為政者にはそれがない。国を超えて共有される道徳がないのが嫌ですね」と話す。

 安田さんと親交があった藤原さんはこう信じている。「安田さんは拘束されながらも、シリア情勢の情報を、断片であっても得ながら取材を続け、いずれそれを伝えるために生き延びようとしているはずです」

 安田さんがいくら強くても、1年10カ月は長い。10カ月の拘束後、昨年5月に解放されたスペイン人ジャーナリスト、アントニオ・パンピリエガさん(35)はこう話す。「誘拐が私の人生観を変えた。解放された今は仕事や取材より周囲との人間関係をより重んじるようになった。もし安田さんに伝わるなら『とにかく絶望せず、いつも笑顔で耐え、耐えきれなくなったら心の中で家族に語りかけ助けを求めろ。必ず救ってくれるはずだ』と言いたい」。安田さんはどんな思いでいるのか。


過去40年の主な海外での邦人誘拐、拘束事件(毎日新聞社調べ)

 発覚年月  発生国     首相(注1) 拘束期間  被害者職種         被害者数   安否

1970年代 

77年 9月 バングラデシュ 福田(赳) 1週間    多種           (注2)151 ○解放

78年 5月 エルサルバドル 福田(赳) 4カ月半   東レ現地社長             1 ●殺害

78年12月 エルサルバドル 大平    4カ月弱   東レ現地役員             1 ○解放

80年代

86年11月 フィリピン   中曽根   4カ月半   三井物産支店長            1 ○解放

89年 3月 ラオス     竹下    9日     三井物産事務所長           1 ○解放

89年 9月 タイ      海部    4日     東洋エンジニアリング社員       1 ●殺害

90年代

90年 5月 フィリピン   海部    2カ月余   援助団体オイスカ指導員        1 ○解放

91年 3月 パキスタン   海部    1カ月半   早大生                3 ○解放

91年 8月 コロンビア   宮沢    4カ月弱   東芝社員               2 ○解放

92年 1月 コロンビア   宮沢    3週間    電気通信工事現地社長         1 ○解放

92年 3月 パナマ     宮沢    7日     シチズン商事現地社長         1 ●殺害

95年 8月 メキシコ    村山    1日     ヤマハ発動機現地法人社員       1 ○解放

96年 8月 メキシコ    橋本    10日    三洋電機米子会社社長         1 ○解放

96年12月 ペルー     橋本    4カ月余   官民混合         (注3) 24 ○解放

97年 8月 フィリピン   橋本    5日     銭高組現地所長            1 ○解放

99年 8月 キルギス    小渕    2カ月    JICAなどの派遣技師        4 ○解放

2000年代

01年 2月 コロンビア   小泉    2年9カ月  矢崎総業現地副社長          1 ●殺害

01年 8月 コロンビア   小泉    1カ月半   元山梨県議              1 ○解放

04年 4月 イラク     小泉    9日     ジャーナリストら           3 ○解放

04年 4月 イラク     小泉    4日     ジャーナリストら           2 ○解放

04年10月 イラク     小泉    4日     無職                 1 ●殺害

07年10月 イラン     福田(康) 8カ月    横浜国大生              1 ○解放

08年 8月 アフガニスタン 福田(康) 2日     非政府組織職員            1 ●殺害

08年 9月 エチオピア   麻生    3カ月半   支援団体医師             1 ○解放

09年11月 イエメン    鳩山    9日     建築事務所社員            1 ○解放

10年代

10年 4月 アフガニスタン 菅     5カ月    ジャーナリスト            1 ○解放

13年 1月 アルジェリア  安倍    4日     日揮従業員    (犠)      10 ●殺害

15年 1月 シリア     安倍    3~5カ月  ジャーナリストら           2 ●殺害

15年 6月 シリア     安倍    1年10カ月 ジャーナリスト            1 未解決

16年 7月 バングラデシュ 安倍    1日     JICA技師ら  (犠)       7 ●殺害

(注1)首相は安否確認時、(注2)ハイジャック時の多国籍の被害者数、(注3)解決時の邦人人質数、(犠)犠牲者数

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