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東京・春・音楽祭2017

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東京・春・音楽祭2017

ワーグナー「ニーベルングの指環」編曲にあたって

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写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡

【東京・春・音楽祭「バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテット~4本のヴァイオリンによる極上の四重奏」】

 3月29日、石橋メモリアルホールで行われた、バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテットのコンサート。このプログラムの前半、ワーグナーの「ニーベルングの指環」の編曲を担当した。

 公演は3月から4月に行われた「東京・春・音楽祭」の一環で、同音楽祭はその名の通り、東京の春を彩るクラシック音楽の祭典だ。バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテットのメンバーは、毎夏開催されているチケットが取れないことでも有名なワーグナーの楽劇だけを上演するバイロイト音楽祭に長年参加しているバイロイト祝祭管弦楽団の第1ヴァイオリン奏者4人。ベルンハルト・ハルトークさん(バイロイト祝祭管元コンサートマスター、ベルリン・ドイツ響元第1コンサートマスター)、ミヒャエル・フレンツェルさん(シュターツカペレ・ドレスデン副コンサートマスター)、ウルフ・クラウゼニッツァーさん(ニュルンベルク音大教授)、眞峯紀一郎さん(元ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団)。このようなメンバーが“春祭”で演奏するためのワーグナー作品の編曲とは、とんでもない大役である。

写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡

 自分が関わると決まったのは、2016年1月。メンバーのひとり眞峯さんからの依頼だった。内容は「ヴァイオリン4本の編成でワーグナーの〝ニーベルングの指環〟の編曲を」というもの。本来このオペラにかかる日数は4日間、演奏時間約15時間。それをコンサートのプログラムの中のひとつとして、30分から40分の作品としてまとめるという、大仕事だ。

 これほどに光栄な機会はないと思い二つ返事で引き受けたものの、困ったことに、私はワーグナーを知らない。正確には、腰を据えてワーグナー作品を勉強したことがなかったのだ。

 作曲を学んでいると、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」で使用される「トリスタン和音」というものが勉強必須なので、仕方なく(!)DVDを見て、理論書を読んだことはあったのだが。ワーグナーには名曲が多いから、前奏曲や序曲のミニチュア・スコアなら持っているけれど、オペラともなれば曲も長いし、重厚だし、どこから手をつけて良いのかわからないし、それなら他の好きな作曲家の作品を聞いてしまおうと、ワーグナーから逃げながら生きてきた。

 そんな人間がこの編曲を引き受けて良いのかという罪悪感があったが、眞峯さんはすべてを了承した上で依頼してくださった。だから、この編曲のために買いそろえたスコアは、とても重かった。物質的な意味ではもちろん、作曲者がワーグナーという点でも重いし、このコンサートの大きな責任も相まって、本当に重かった。眞峯さんとの最初の打ち合わせの時に、重要なモティーフと場面がどこであるかを確認し、それらを組曲の中に織り込むべく編曲生活が始まった。

 「編曲」と一口に言っても、状況によって方法はさまざまだ。オーケストラ作品をピアノ曲へと書き上げることもあれば、名曲のテーマだけを用いて、原曲とは似ても似つかない曲にすることもある。英語では「アレンジ」「トランスクリプション」など分けられた表現も使われるが、世の中には本当にたくさんの編曲の形が存在する。ただ、どの場合においても編曲するならば、元の音楽を自分の中でよく消化して、それを新たなものとして出さなければならないと私は考えている。そして原曲から離れた形にしなければならない時ほど、作品への理解度を深める必要がある。今回の状況「演奏時間の短縮」「オペラをヴァイオリン4本という高い音域への編曲」は原曲から離れた状況だから、勉強は怠れない。

写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡

 この編曲ではワーグナーの書いた旋律やモティーフを何より重要とし、調性も変えず、オペラの中の印象的な場面が推移していくように聞こえるように心がけた。編曲で特に記憶に残った部分を挙げていくと、まず「ラインの黄金」の冒頭には時間がかかった。コントラバスの深い低音が響く壮大な音楽を、どうしたらヴァイオリンでできるのだろうと、毎日考えた。書いていて面白かったのは「ジークフリート」の第1幕、鍛冶場でのミーメのハンマーの音。ヴァイオリンのどの音でハンマーのような音を出すかというのは、考えていて実に楽しかった。もっとも多く書き直した箇所は、誰もが知る名曲「ワルキューレの騎行」だ。自分もよく知る音楽なので、編曲の作業は簡単であろうと予想していたがとても難しくて、これには自分のことながら驚いた。そして編曲が終わる頃には、すっかりワーグナーファンになってしまったのである。

 一通り書き上げてからも何度も修正し、バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテットのメンバーのアイデアも多く入って、このたび披露された形となった。終演後に聴いてくださった方から温かなお褒めの言葉をいただくことがあったけれど、ワーグナーのスペシャリストである今回の4人が演奏してくれたからこその作品だった。不完全な私の楽譜から素晴らしい音楽を作り上げてくれたと実感し、感謝するばかりである。この「ニーベルングの指環」組曲は日本各地、東京・春・音楽祭を含めて計9公演の中で演奏された(宗次ホール、アートスペース・オー、相馬市総合福祉センター、ザ・ハーモニーホール、秋篠音楽堂、大和文華館、戸河内ふれあいセンター、レスプリ・フランセ)。

 バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテットは東京・春・音楽祭で「ニーベルングの指環」のほか、前半にラモー(キャトル・ヴィオロン編)の四つのヴァイオリンのためのオペラ組曲、後半にJ.ドントの四つのヴァイオリンのための四重奏曲ホ短調op.42、B.フンメルの四つのヴァイオリンのためのディヴェルティメントop.36、ラヴェル(ブラントナー編)の「クープランの墓」(I、IV、V、VI)というプログラムを披露している(アンコールは2曲で、クプコビッチの「ヘプタゴーン組曲」、モーツァルトの歌劇「魔笛」より≪夜の女王のアリア≫)。どの曲も彼らならではの多彩な表現で魅せていた。

 これからの初夏、ドイツでも「ニーベルングの指環」組曲がバイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテットによって演奏される。大変光栄なことだ。今回の公演関係者と、聴いてくださったすべての方に、感謝の言葉を届けたい。

(広田はる香)

写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡
写真提供:東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳 聡

公演データ

【東京・春・音楽祭 バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテット~4本のヴァイオリンによる極上の四重奏】

3月29日(水)19:00 上野学園 石橋メモリアルホール

バイロイト祝祭ヴァイオリン・クァルテット

第1ヴァイオリン:ベルンハルト・ハルトーク

第2ヴァイオリン:ミヒャエル・フレンツェル

第3ヴァイオリン:ウルフ・クラウゼニッツァー

第4ヴァイオリン:眞峯紀一郎

 

ラモー(キャトル・ヴィオロン編):四つのヴァイオリンのためのオペラ組曲

ワーグナー(広田はる香/ナリ・ホン編):「ニーベルングの指環」 組曲(世界初演、2017年委嘱作品)

B.フンメル:四つのヴァイオリンのためのディヴェルティメント op.36

J.ドント:四つのヴァイオリンのための四重奏曲 ホ短調 op.42

ラヴェル(ブラントナー編):「クープランの墓」よりI. Prélude、IV. Rigaudon、V. Menuet、VI. Toccata

 

(アンコール)

クプコビッチ:ヘプタゴーン組曲

モーツァルト:歌劇 「魔笛」より 夜の女王のアリア

筆者プロフィル

 広田はる香(ひろた・はるか)武蔵野音楽大学音楽学部(作曲)卒業、東京芸術大学大学院音楽研究科修士課程(作曲)修了。これまでに作曲を名倉明子、田中均、土田英介の各氏に師事。2014年奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門一般の部第2位。15年洗足現代音楽作曲コンクール(A部門オーケストラ作品)入選。15年JFC(日本作曲家協議会)作曲賞入選。12年〜17年3月クラシック音楽の総合月刊誌「音楽の友」編集部勤務。現在は一般企業勤務の傍ら作曲・編曲活動を行っている。

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