SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『あのころ、早稲田で』『なぜ南武線で失くしたスマホが……』ほか

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

今週の新刊

◆『あのころ、早稲田で』中野翠・著(文藝春秋/税別1500円)

 中野翠は1946年生まれ。65年、早稲田大政経学部に入学した。高校、大学が、安保紛争ともろに重なっている。『あのころ、早稲田で』は、書かれるべくして書かれた60年代クロニクル。

 子どもの頃から「左翼気分」だった著者は、大学入学と同時に「社研」に入部。読書会や合宿、ハイキングと政治青年に囲まれ、授業には出ない「不良学生」であった。学費値上げから始まった早大闘争では、久米宏のアジ演説が話題に。それをおそらく冷ややかに見た女子学生が田中眞紀子。

 吉本隆明、『ガロ』、GS、ゴダール、喫茶店と60年代的文化の意匠を享楽しつつ、目覚め、煩悶(はんもん)する青春のかたちが、空気感も含め見事に映し出されている。『ガロ』に漫画を投稿、「アップダウンクイズ」に出演、結婚を申し込まれたこともあり、と意外な(失礼)告白もある。

 生意気でキュートな女子学生時代の写真も掲載。20歳ごろの中野翠さん、ぼく、好みです。

◆『なぜ南武線で失くしたスマホがジャカルタにあったのか』東洋経済オンライン・編(集英社/税別1400円)

 東洋経済オンライン編『なぜ南武線で失くしたスマホがジャカルタにあったのか』とタイトルを見て、手に取らないのは難しい。鉄道産業の裏側を取材し、圧倒的人気を博したニュースサイトが書籍化された。もちろん面白い。

 まずはタイトルのネタ。2015年暮れ、南武線車内でスマホと学生証を紛失した大学生がいた。翌年、なぜかそれがインドネシアの首都ジャカルタで発見された。日本の中古車両がかの地で活用され、かつメンテナンスノウハウも輸出されたおかげで、背もたれの隙間(すきま)から救出されたという。

 そのほか、鉄道ファンのミュージシャン向谷(むかいや)実プロデュースによる「ニコニコ超会議号」とは何か、多くの鉄道マンを育てた名作絵本『でんしゃがはしる』の復刊話、鉄道事業を営む会社「平均収入」ランキングなど、鉄道に関する広範な話題が盛大にちりばめられる。

 「誰かに話したくなる!!!」が帯の惹句(じやつく)だが、ううん、すでに誰かに話したくてたまらない。

◆『楽譜と旅する男』芦辺拓・著(光文社/税別1500円)

 江戸川乱歩に『押絵と旅する男』がある。芦辺拓は、乱歩にオマージュを捧(ささ)げつつ、別世界を創り出した。英国の古本屋街の店頭で、楽譜の入った木箱を漁(あさ)る男がいる。彼こそ、依頼により楽譜を見つけ出し、同時に、そこに奏でられた音楽の秘密さえ暴き出す『楽譜と旅する男』であった。古い屋敷で暮らす老嬢の秘められた恋と、隠し金庫に眠る小型拳銃と一冊の楽譜がもたらす戦慄(せんりつ)(「曾祖母オパールの物語」)ほか、いずれも博覧強記の作家が、入念に細部を施した奇譚集。

◆『ポケットに物語を入れて』角田光代・著(小学館文庫/税別670円)

 角田光代『ポケットに物語を入れて』は、文庫解説を中心に、種々の読書エッセーを集めた、本好きも、さらに本が好きになる本。宮沢賢治、太宰治から開高健、佐野洋子、そしてヘミングウェイなど、偏愛する作家だけが慈しむように取り上げられる。開高の『輝ける闇』を読んで、「この作家は、この先書けないことを覚悟したのではないかと想像した」と、いかにも作家らしい視点で称賛する。本は「選んでいるときからもう、しあわせをくれるのだ」と、読む幸福に満ちている。

◆『プロ野球・二軍の謎』田口壮・著(幻冬舎新書/税別800円)

 一軍に比べ、圧倒的に情報量の少ない二軍。『プロ野球・二軍の謎』はリアル情報満載で、「通」でも知らないことばかり。著者の田口壮は、元メジャーリーガーで、現在は古巣オリックス・バファローズで二軍監督を務める。支配下登録選手のうち、過半数を占める二軍選手が、いかに生活し、上を目指しているか。厳しい現実とともに、イマドキの若い選手の指導法も開陳される。「頭ごなしにものを言わない」など、企業でのマネジメントにも十分通用すると思われた。

-----

岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年5月21日号より>

あわせて読みたい

注目の特集