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岡崎 武志・評『評伝 石牟礼道子』『万次郎茶屋』ほか

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今週の新刊

◆『評伝 石牟礼道子』米本浩二・著(新潮社/税別2200円)

 池澤夏樹個人編集による河出書房新社『世界文学全集』に『苦海浄土』が収録されたことは事件であった。水俣病の告発ルポではなく、正統的な世界文学に位置づけた点に感服したのだった。

 米本浩二『評伝 石牟礼道子』は、闘病中にあるこの作家の全体像を、さらに明るく照らし出す。序章で著者は、「水俣病に収斂する読み方をしていれば、石牟礼文学の豊かな可能性」を見失うとして、その半生を丹念に洗い出す。

 狐との出会いを夢見る成績優秀な少女は、渚で歌う人でもあり、歌人として出発。筑豊の炭鉱労働者を見て、世の中の仕組みを知る。そして渡辺京二という名伴走者を得て、海の公害・水俣病と向かい合う。『苦海浄土』が書かれるに至るプロセスと、石牟礼の内面が、手で触れるように描かれ、読む者の魂を揺さぶる。

 冷たい高みからではなく、著者自身が腰まで泥に浸(つ)かって対象に食い込む。一行のムダもない迫真性が、そこから生まれた。

◆『万次郎茶屋』中島たい子・著(光文社/税別1600円)

 小説とは何をどう書いてもいい表現形式で、私小説もSFも冒険小説も包括してしまう。その自由な枠の中で、中島たい子『万次郎茶屋』の試みが面白い。全部で6編、みんな、変な話なのである。

 表題作は、年老いた動物園のイノシシ・万次郎が登場。人気がなく、飼育員と一緒に映画やテレビを見るうち、知能が高まる。人の言葉も解(わか)るのだ。いつかカフェを開きたい万次郎を気に入り、絵を描き続ける少女エリは、やがて絵本作家として成功し、「万次郎茶屋」はベストセラーに。

 「親友」では、西暦が廃止され、地球暦開始まで、あと1カ月という地上の物語。新しい時代を前に、お祭り騒ぎの中にあって、「ぼく」は、恋人との約束を断り、大晦日(おおみそか)までに「親友」を作ろうと決心するのだった。そしてカウントダウンが始まった。

 わざと的をはずしたような脱力感が、独自の世界観と奇妙な味を作り出す。初夏の風の中、屋外で読みたい作品ばかり。

◆『モダン京都』加藤政洋・著(ナカニシヤ出版/税別2200円)

 千年の古都・京都は、同時につねにモダンであり続けたから、観光都市として成熟、成功した。加藤政洋編『モダン京都』を読むと、そのことがよくわかる。宿、花街、景観などが醸し出す「遊楽」気分を、文学、地図、絵、写真などを自在に引用しながら、トリップする。今に続く鴨川・先斗町(ぽんとちょう)「納涼床」が、20世紀前半に確立したもので、それ以前、場所もスタイルも違っていた、などという指摘は、鴨川の「遊楽」空間そのものの認識を改めさせる。各種図版も豊富に掲載されている。

◆『昭和のテレビ王』サライ編集部(小学館文庫/税別490円)

 サライ編集部編『昭和のテレビ王』は、永六輔、萩本欽一、藤田まこと、森光子など、黄金期に視聴率を稼ぎ出した人たちにインタビュー。テレビというメディアに実験期から参加し、つねに変革させていった永六輔。「テレビファソラシド」で、NHKにタモリを出演させ「事件」と言われたが、じつは女性アナの加賀美幸子が司会をしたことの方が「事件」であった。テレビは「初めから、見るものじゃなく、『出る』もの」だったという石坂浩二など、どの証言も興味深い。

◆『東京いい道、しぶい道』泉麻人・著(中公新書ラクレ/税別1000円)

 東京という町を歩いてエッセーを書く。それを「ライフワーク」とする泉麻人が、デジカメ片手に『東京いい道、しぶい道』を歩き、リポートした。雑司が谷の弦巻(つるまき)商店街は、今なおレトロな空気が残る。ここに住んだ三角寛(みすみかん)を思い、そこから説教強盗の記憶を呼び覚ます。オリンピックの面影探し行ほか今と昔を往き来する技はさすがに手練(てだ)れ。銭湯、神社、飲食店など「しぶい道」に欠かせぬスポットも、ちゃんとチェック。カラーによる地図付きなので、散歩のお供にも最適である。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年5月28日号より>

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