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岡崎 武志・評『生きる職場』『どんぶらこ』ほか

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今週の新刊

◆『生きる職場 小さなエビ工場の人を縛らない働き方』武藤北斗・著(イースト・プレス/税別1500円)

 かたや新人社員を時間で縛り、追いつめ圧殺する大手企業がある。かたや「小さなエビ工場の人を縛らない働き方」の実践がある。武藤北斗『生きる職場』は、驚くべき取り組みを紹介する。

 津波、福島第1原発事故で債務総額1億4000万円を背負った石巻のエビ工場。工場長の著者は、大阪移転を決意し、生きること、働くことを見つめ直した。つまり、「好きな日に働き、休みたい日に休む」「嫌いな作業はやらなくてよい」という提案だ。

 怠け放題、誰も会社に来なくなるという恐れは払拭(ふっしょく)される。自主自律の社員たちは、台風の日でも出勤したり、連休中の狭間(はざま)の平日にも工場に姿を見せた。「フリースケジュール」の先にあったのは、利益を生むプラスの循環だったというから素晴らしい。

 「よりよく生きていくために、僕らは一生懸命働く。/これが僕たちの『生きる職場』なのです」と著者は最後に書く。小さなエビが誇らしげに見えてきた。

◆『どんぶらこ』いとうせいこう・著(河出書房新社/税別1650円)

 いとうせいこうの新作『どんぶらこ』は、表題作ほか「蛾」「犬小屋」3編を収める意欲作。ちょっと変わったタイトルからして、読者はどこへ連れ去られるのか、不安と期待が入り交じる。

 どんぶらこ、は「桃太郎」に登場する川から流れてくる桃の音。昔話では、桃太郎が鬼を退治し、おじいさんおばあさんは幸せに暮らす。しかし、いとうが描く現実社会では、鬼は退治されないまま世間にいて、終わりなき介護の地獄が、「私」を苦しめる。

 母はリハビリ、父は認知症。母の医療費を、父は戸別訪問してきた布団屋を名乗る男にだまし取られる。結婚が破綻し、籍が抜けぬまま、経済的困窮で息をひそめるように生きる「私」は51歳。「まるで夜の川を落ちる枯れて曲がった葉みたいだった」

 他の2編もまた、「私」は時間や国家を超えて、「どんぶらこ」と、この世の川の瀬を漂流していく。お伽(とぎ)話ではない現実は、いとうが創り出した新世界だ。

◆『滝田樗陰』杉森久英・(中公文庫/税別900円)

 『中央公論』は今年創刊130年を迎える。当初宗教色が強く、低迷していたが、この人が編集主幹となり、大正、昭和と文芸欄で盛り立てた。杉森久英『滝田樗陰(たきたちょいん)』は、その43年の生涯をつづる。自然主義の勃興期、人力車で作家の家に乗り付け、次々と新人を発掘。著者は「熱と意気」の人と言うごとく、谷崎潤一郎も「原稿の催促なら京大阪まで追っかけて来る」と、その「熱」を回想している。本書は品切れだった中公新書版に作家や遺族の追憶記を加えた、伝記文学の傑作。

◆『書くインタビュー 3』佐藤正午・著(小学館文庫/税別600円)

 長編『鳩の撃退法』で山田風太郎賞を受賞し、新作『月の満ち欠け』を刊行したばかりの佐藤正午は長崎県佐世保市在住。女性ライターとメールのやりとりという形で応答する『書くインタビュー 3』が出た。質問に、容易には同調せず、細かく突っ込み、異論、反論するのが、このシリーズの「芸」となっている。しかし、そんな中から『鳩の撃退法』創作の裏話や、トルストイ『戦争と平和』の驚くべきディテールの指摘から、小説の魅力について語るなど、ファンにはお待ちかねの一冊。

◆『作家的覚書』高村薫・著(岩波新書/税別780円)

 つねにもの申す作家、高村薫『作家的覚書』は、月刊誌『図書』連載を中心に編んだ社会時評集。2014年から16年の3年分を収めるが、「観光客一千万人」「人口減少」「大雨」「イスラム国」など、俎(まないた)に乗る素材は広範にわたる。オバマの熱狂から6年経(た)って、「夢から覚めた」アメリカ。私たちは「日本社会のありかたについて切実な夢を見る」ことがなかったと著者は言う。また、最近の傾向から、「社会派の小説が姿を消した」ことを指摘。その意味を考える。巻末には講演録を収録。


岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

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