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岡崎 武志・評『音のかなたへ』『遠縁の女』ほか

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今週の新刊

◆『音のかなたへ』梅津時比古(毎日新聞出版/税別2000円)

 音楽の記事がいいから、新聞は『毎日』を読むと言ったのは作曲家の別宮(べっく)貞雄。それを受けて、丸谷才一は、同紙音楽記者の「質の高い、洗練された文章」を褒めた。つまり梅津時比古のことだ。

 『音のかなたへ』は、毎日新聞同名連載に、「新・コンサートを読む」という時評を併録し、碩学(せきがく)たちの評価を再確認することができる。「自ら若さの美しさを否定することに、逆にその美しさが表れる」と書き出すのは、若いテノールとピアノのコンサート評。

 シューベルト「白鳥の歌」を細かな技術批評とともに歌詞を丹念に読み込み、「若さにつきまとう理由のない寂寥の風が、舞台に吹き渡った」と書く。障害者施設殺傷事件後に聴いたワーグナーに、キリスト教における救済を見いだすのも、この著者ならでは。

 教養と問題意識が一体化し、それを端正な文章で読者に伝えることができる。音楽を美しいと言うなら、文章も美しくなくてはならない。梅津はその体現者だ。

◆『遠縁の女』青山文平・著(文藝春秋/税別1500円)

 時代小説を盛る器はもう古過ぎて、ややカビ臭い匂いがする。そう思っていたが浅はかだった。直木賞作家・青山文平の『遠縁の女』が盛る酒は、ピカピカ光り、新しい匂いがする。

 父急逝の報を受け、5年に及ぶ武者修行から戻った若者が故郷で知ったのは、親友の切腹と、男を変えた女の不審な謎……と、これは表題作。藩政の争いや市井の人情といった時代小説の定番に、この匠(たくみ)の作家は関心がない。

 ほかに2編収めるうち、驚異の1編は「機(はた)織る武家」。老母に、入り婿の夫と後添いの妻と「いかにも据わりの悪い夫婦」を描く。居心地の悪い妻「縫(ぬい)」が見いだした居場所は「地機」という織機で、「人と糸と機が腰帯で繋がって、一体となって」布を織ることだった。「ふんわりと/くるむ」布は、縫も周囲も変えていく。

 ひたすら、ひたむきに生きるしか術(すべ)が残されていない者たちの、掛け値なき「生」は、明け方の光のようにふんわり明るい。

◆『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』佐藤ジュンコ・著(ポプラ社/税別1200円)

 仙台で書店員を長らく務めた佐藤ジュンコ。在勤時代から、可愛いイラストで注目されていたが、その後本職に。『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』は、仙台で働く「作り手」たちを取材したコミックエッセー。花火職人、染物屋、玉虫塗の他、小説家の伊坂幸太郎、漫画家のいがらしみきおも登場。仕事場の奥までお邪魔し、工程作業や仕事の面白さ、難しさ、そして職人たちの生活や人生にまでも踏みこむ。ニコニコと話を聞く著者の姿を彷彿(ほうふつ)させ、読者もホンワカしてくる。

◆『幸福はただ私の部屋の中だけに』森茉莉・著(ちくま文庫/税別760円)

 文豪・鴎外の娘の森茉莉は、50歳を過ぎて作家デビュー。下北沢の古アパートの、雑然とした部屋に独居し、夢見る少女のまま80年余の生涯を終えた。『幸福はただ私の部屋の中だけに』は、『森茉莉かぶれ』の著書を持つ早川茉莉が、「贅沢貧乏」の骨頂たる暮らしぶりを、全集未収録33編を含め一冊に仕立てた。部屋いっぱいを占める寝台に日がなゴロゴロとし、その上にも周囲にも自分の好きなものを集めて暮らしていた。人の目には「ガラクタ」でも、彼女の目には「美」だった。

◆『日本一小さな農業高校の学校づくり』品田茂・著(岩波ジュニア新書/税別880円)

 三重県伊賀市の小高い丘の上に建つのが「愛農学園農業高校」。全寮制で、有機農業教育を行い、就農率の高さで定評がある。その本館校舎が、耐震性に不安があるため建て替えられることに。品田茂は娘を本校に通わす保護者だったが、新しい学校づくりのため事務局長に就任し、2005年から10年間関わった。『日本一小さな農業高校の学校づくり』はその顛末(てんまつ)記。学内学外とも話し合いを続け、魅力ある学びの場として選択したのが木造校舎だった。そのあたたかみは、本書にもあふれている。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2017年6月18日号より>

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