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<北朝鮮>巧妙な錬金術 不正取引、サイバー攻撃…世界が標的

 核兵器や弾道ミサイルの開発を加速させる北朝鮮に対し、国際社会の懸念が日々高まる。国連安全保障理事会は繰り返し制裁決議を採択し、包囲網を狭める。だが、北朝鮮はフロント企業を利用した不正な国際金融取引や、他国の金融機関を標的にしたサイバー攻撃による資金奪取など錬金術を駆使し、包囲の網をくぐり抜ける。【ワシントン会川晴之、岩佐淳士】

     「北朝鮮によるとみられる金融機関へのサイバー攻撃は、失敗に終わった米国向けなどを含め世界31カ国、被害総額は1億~1億2000万ドル(約110億~130億円)にのぼる」。米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のサイバーセキュリティー専門家、ジェームズ・ルイス副所長は毎日新聞の取材にこう答えた。

     被害額が最も大きかったのは2016年2月のバングラデシュ中央銀行の8100万ドル(約90億円)。ルイス氏によると、手口は「フィッシングメール」。偽メールを中銀の行員に送りつけ、それとは知らずにメールを開いた行員から、ユーザーネームや暗証番号を盗み出して銀行内のシステムに侵入。行員を装いバングラ中銀がドル資金を預けてある米ニューヨーク連銀の口座からフィリピンの銀行への送金を指示して奪い取る手口だ。北朝鮮は同様に東南アジアやインド、中南米諸国の金融機関にも攻撃を仕掛け、毎回、数百万ドル(数億円)規模の資金を盗み出した。

     犯行は16年2月4日(木曜日)の午後9時前に始まった。イスラム教国のバングラデシュは翌日から休日。多くの中央銀行の行員が仕事を切り上げ家路についた。その間隙(かんげき)を突き、北朝鮮のハッカーが「フィッシングメール」で中銀のシステムに侵入した。

     標的は、バングラ中銀がドル資金決済用にニューヨーク連銀に預けてある巨額のドル資金。指示通りに4件、8100万ドル(約90億円)がフィリピンの銀行に振り込まれた。

     4時間にわたり計35件の送金指示が届いたが、その多くは送金を経由する米銀行が「マネーロンダリング(資金洗浄)の疑いがある」と送金を拒んだため不首尾に終わる。すべて成功なら被害総額は約10億ドル(約1100億円)に達していた。

     フィリピンでは翌5日(金曜日)以後、次々と資金が引き出される。ようやく不正に気づいたのは8日(月曜日)。バングラ中銀はNY連銀やフィリピンの銀行に至急電を送り、預金凍結などの措置を求めた。だが、ニューヨークは未明の時間帯。フィリピンもこの日は休日で、いずれとも連絡が取れない。

     フィリピンの銀行に振り込まれた8100万ドル(約90億円)は、いったん偽名口座に振り込まれた後、仲介人を通してカジノの経営者など賭博施設関係者に渡った。賭博会社を経営する中国籍実業家が約1500万ドルを返還したものの、残りの6600万ドル(約73億円)の行方は不明だ。

     バングラ中銀が狙われた約3週間前、南米エクアドルの金融機関でも900万ドル(約10億円)が奪い取られた。1月14日深夜に140万ドル(約1億6000万円)を香港の口座に不正送金されたのを手始めに10日間で12回の疑わしい送金が繰り返された。いずれの送金も業務時間外で、一度も使ったことのない振込先だった。

    軍需品組み立て転売 マレーシアの実態注目 国連報告書

     国連安全保障理事会は制裁決議を繰り返し採択している。だが加盟国の関心は低く、実態は「抜け穴」だらけ。ティラーソン米国務長官は5月3日の演説で「どの国として安保理決議を完全に実施している国はない」と怒りをぶちまけた。

     制裁の実施状況を監視するため2009年に設立された国連専門家パネルは毎年300ページに及ぶ報告書を発表する。今年2月末の報告書では東南アジアやアフリカ諸国の実態があぶり出された。中でもマレーシアの実態が目を引く。報告書が注目したのは軍事用通信機器メーカーの「グローコム」。香港などアジア市場から格安で部品を買い集め、組み立てて途上国に売る。実質支配するのは「パン・システムズ」平壌支店。シンガポール企業の平壌支店を装うが、実態は朝鮮人民軍の工作機関・偵察総局の傘下だ。

     国連パネルの調査団はアフリカ諸国にも足を運んだ。アンゴラ訪問は16年9月。北朝鮮軍人が大統領警護隊にマーシャルアーツ(東洋の武術)を教えているとの情報を確認するためだ。だがアンゴラ政府は「1990年から続いている」と返答しただけだった。報告書では▽モザンビークへの戦車など武器輸出▽コンゴ民主共和国への拳銃や軍事訓練の提供▽ナミビアでの軍事施設建設への関与--も指摘されている。「アフリカには東西冷戦時代から北朝鮮に軍事支援を受けた国も多い。北朝鮮の安価な武器や労働力は現在も魅力的だ」。米国務省元高官はこう解説する。

     米国は、こうした穴をふさぎ、包囲網を築くため外交を本格化させる。

     北朝鮮への関心が薄かった欧州諸国を説得するため、担当特使を派遣。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)の会議に参加させた。アジア諸国にも圧力をかける。ティラーソン氏は「毎日5~6カ国に電話」して「制裁強化策をお手伝いする」と呼び掛ける。ティラーソン氏は、制裁の達成度は「まだ20~25%」と述べ、包囲網構築に執念を燃やす。

    核・ミサイルの原資

    ポーランドの造船所で技師として働く北朝鮮労働者=2006年11月

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     ポーランド北部の港町グダニスク。2006年、かつて「レーニン造船所」として知られた造船所に北朝鮮の造船技師が働くと聞き、訪ねた。北朝鮮の28人はポーランドの派遣業者が借り上げた一軒家に居住する。中には卓球台などの娯楽施設もあるという。毎日、リーダー役がマイクロバスを運転して通勤、食事は自炊だ。

     欧米で北朝鮮労働者は「奴隷労働者」と呼ばれる。派遣業者によると月給は円換算で16万円。うち5万円が労働者に渡され、残りは北朝鮮企業に振り込まれる。

     「ツバメ」と呼ばれる精悍(せいかん)な顔つきのリーダー役は「家族と離れて暮らすのはつらいが、腹いっぱい食べられるしビールも飲める」。夢は稼ぎを元手に祖国でビジネスを始めることだ。

     元米国務省のルッジェーロ氏は「派遣労働による本国送金は少なくとも年5億ドル(約550億円)」。これが北朝鮮の核・ミサイル開発に使われていると指摘する。

     同省によると、北朝鮮労働者は中国、ロシアをはじめ23カ国で働く。国連安保理は昨年11月に採択した6度目の制裁決議で労働者の存在に「留意」するという言葉を盛り込んだが、禁止には踏み込まなかった。中露両国の反対が背景にあったとの指摘もある。

    金融機関に課徴金 米検討

     米国は2005年9月、マカオの金融機関「バンコ・デルタ・アジア」(BDA)に対し、マネーロンダリングに関わっているとして制裁を発動した。北朝鮮は指導部の資金があったため強く反発した。

     「あの時は、北朝鮮が関わる5~10の金融機関が制裁候補だった」。当時、米国家安全保障会議(NSC)で担当者を務めた中央情報局(CIA)のデニス・ワイルダー前副次官補はこう答えた。制裁論議にはNSC、財務、国務、司法各省、CIAなどが参加。だが、金融制裁という総論では一致するものの、各論に入ると利害がぶつかる。

     「制裁実施は狙いを絞ることが重要だ」。BDAの決定に関わった米財務省のダニエル・グレーザー前次官補(テロ資金担当)は指摘する。制裁対象には一時、ウィーンを本拠地に欧州のぜいたく品を買い付ける際の決済銀行である「金星銀行」の名も挙がったが、「核・ミサイルに関係ない」という理由で退けられた。グレーザー氏は「制裁効果は生きている」と話す。最大の成果は米国の制裁を恐れて世界の金融機関が北朝鮮との金融取引を避けるようになったことだ。

    絶えぬ制裁回避

     中国企業「丹東鴻祥実業発展」(DHID)のように制裁をかわす例は後を絶たない。「取引相手が中小銀行だからだ」。グレーザー氏の指摘だ。4大銀行など中国の主要金融機関は国際取引が多く、米国当局の制裁を恐れる。だが中小は米国どころか海外に支店を持たないため、米国の制裁対象になることを恐れる必要がない。

     追加制裁を準備する米国の次の一手は何か。「違反した金融機関に課徴金をかける手段が有力」。長年、国務省でマネーロンダリング対策を担当したアンソニー・ルッジェーロ氏はこうみる。

     商務省は今年3月、イランや北朝鮮に不正に通信機器を販売したとして中国の大手企業に過去最大の11億9000万ドル(約1360億円)の罰金を科した。これと同様の手法を使うという読みだ。

     もし4大銀行など主要行を制裁し、米国内の資産凍結などに踏み切れば、中国経済は大打撃を受ける。世界金融恐慌の引き金にもなりかねず、各国は「返り血」を浴びる。

     次の一手は北朝鮮の不正撲滅につながるか。元米国務省のルッジェーロ氏は「北朝鮮制裁はモグラたたきに似ている」と話す。新たな制裁後も新たなフロント企業や協力者を作り上げるに違いない。「ためらってはいけない。行動に移さなければ事態は悪化する一方だ」。ルッジェーロ氏は決心を促した。


    「丹東鴻祥実業発展」が使った金融機関(米司法省資料を元に作成)

    ・4大銀行

     1.中国工商銀行

     2.中国建設銀行

     3.中国農業銀行

    ・「八行五保」と呼ばれる主要銀行

     4.招商銀行

     5.交通銀行

     6.中国民生銀行

    ・その他の銀行

     7.上海浦東発展銀行

     8.丹東銀行

     9.広発銀行

    10.大連銀行

    11.錦州銀行

    12.華夏銀行

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