- ツイート
- みんなのツイートを見る
- シェア
- ブックマーク
- 保存
- メール
- リンク
- 印刷

【エサ・ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団日本公演】
エサ・ペッカ・サロネン指揮、フィルハーモニア管弦楽団の来日公演(5月)は、サロネンとオーケストラの強い絆と、指揮者の卓越した作曲家への理解を証明した濃密な内容だった。東京と横浜での3公演を聴いたことで、サロネンが独自の方法で作曲家の創造の本質に接近しているのを知ることができた。
5月18日、東京オペラシティ・コンサートホールでの公演では、近年パート譜の手稿が発見され、約1世紀ぶりに蘇演されたストラヴィンスキーの「葬送の歌」と、後半にマーラーの交響曲第6番イ短調「悲劇的」を聴いたが、圧倒的だったのはマーラー。オペラシティの舞台からこぼれ落ちそうなほどの大所帯のオーケストラは、第1楽章冒頭から大音量でうなり、その迫力は「パニック的」と言っていいほどで、ある種の恐怖を感じさせた。
サロネンはいつものように顔を真っ赤に上気させ、運動量の多い指揮スタイルで、管・弦・打のすべてのパートをあおっていく。その姿はサディスティックであると同時にマゾヒスティックで、誇張された「勇壮な」サウンドから、マーラーの死に至る悲観主義が浮き彫りになった。カタストロフィックな衝動で埋め尽くされた交響曲の中で、第3楽章のアンダンテ・モデラートの美しさは筆舌に尽くしがたく、ハープと木管が鋭い響きで重なり合う音が、黄泉(よみ)の国へ旅立つ汽笛のように感じられた。明らかにこの曲を暗譜していたはずのサロネンは作曲家への敬意を表し、(ほぼ譜面は見ていなかったが)スコアをお守りのように置いていた。
5月20日、東京芸術劇場のプログラムは、リヒャルト・シュトラウス交響詩「ドン・ファン」、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、後半はリヒャルト・シュトラウス交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」で、メンデルスゾーンでは諏訪内晶子がソリストとして参加。諏訪内とサロネンの共演はここ最近頻繁だが、このメンデルスゾーンではオケの積極性が今一つで、ソロも優等生的表現にとどまっていた印象。最初と最後のリヒャルト・シュトラウスでは熱血漢のサウンドが復活し、オペラティックで饒舌(じょうぜつ)なリヒャルト・シュトラウスの音楽世界が屏風(びょうぶ)絵のように展開された。洗練されたユーモアセンスがあり、「ツァラトゥストラ…」ではオルガンと金管による“大言壮語”的なイントロから、謎かけのように終わるエンディングまで一気呵成(かせい)に音楽が「語り」尽くされた。
サロネンは決して器用な指揮者ではない。2010年にロシア・サンクトペテルブルクの白夜祭でマリインスキー歌劇場管弦楽団とリヒャルト・シュトラウス「メタモルフォーゼン」を振ったとき、明らかなリハ不足でゲスト指揮者のサロネンが軽いパニック状態に陥ったのを見たことがあった。フィルハーモニア管とは百発百中の名演を聴かせたが、首席指揮者としての絆と、真摯(しんし)な日常の積み重ねがあってこその成果だろう。
5月21日、横浜みなとみらいでのオール・ベートーヴェン・プロは、ツアー最終日ながら疲れを知らぬオケのスタミナを感じさせるもので、数日前に素晴らしいリサイタルを行ったチョ・ソンジンがピアノ協奏曲第3番のソロを弾いた。ピアノとオケと指揮者の真剣勝負が、聴いたこともない高次元の音楽を作り上げ、オケと有機的なダイアローグを成立させるべく、即興のセンスを最大に発揮したソンジンには大喝采が送られた。交響曲第7番では、楽員全員が最大限の燃焼を見せ、勤勉なオーケストラの刻苦勉励の先にある、ハイテンションな「哄笑(こうしょう)」を聴いたような気がした。作曲家であるサロネンは、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、ベートーヴェンの楽譜から彼らの脳のパターンをスキャンし、それを誇張させ肥大させた先にある鋭いキーワードを引き出してみせたのである。ベートーヴェンの楽観、マーラーの悲観、リヒャルト・シュトラウスの諧謔(かいぎゃく)……、そのどれもが高度に美的な次元に昇華され、オーケストラが知的で勇敢な集団であることを証明していったのだ。
(音楽・舞踊ライター 小田島 久恵)
公演データ
【エサ・ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団日本公演】
指揮:エサ・ペッカ・サロネン
ピアノ:チョ・ソンジン
ヴァイオリン:諏訪内 晶子
管弦楽:フィルハーモニア管弦楽団
5月15日(月)19:00 東京文化会館大ホール
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op.37
ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92
5月18日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ストラヴィンスキー:「葬送の歌」Op.5
マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」
5月20日(土)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調 Op.64
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30
5月21日(日)14:00 横浜みなとみらいホール
ベートーヴェン:序曲「命名祝日」ハ長調 Op.115
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op.37
ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92
筆者プロフィル
小田島 久恵(おだしま・ひさえ) 音楽・舞踊ライター。岩手県生まれ。大学で美術を学んだ後、洋楽ロック雑誌の編集者として2年間勤務。以後、フリーとなり2001年ごろからクラシック関連の執筆をスタート。オペラ・バレエについての執筆も多く、リヨン国立歌劇場、ボローニャ歌劇場、マリインスキー劇場、ボリショイ劇場などを取材。在京オーケストラのコンサートにも頻繁に足を運ぶ。バックステージから見える演奏家の素顔を見、リハーサルの現場で生まれるものを取材したいと考えている。著書に「オペラティック!」(フィルムアート社)。