琵琶湖周航の歌

誕生100年 三高・京大ボート部と歩む/2 クルーのはがき 産声示す今津の消印 /滋賀

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湖畔をカラーで描いた小口太郎のはがき裏面=滋賀県高島市の琵琶湖周航の歌資料館で、塚原和俊撮影
湖畔をカラーで描いた小口太郎のはがき裏面=滋賀県高島市の琵琶湖周航の歌資料館で、塚原和俊撮影

 1917(大正6)年6月28日夜、琵琶湖北西部の今津町(現・高島市)で投函(とうかん)された1枚のはがきが、「琵琶湖周航の歌」誕生の謎を解き明かすカギとなった。文面は周航の様子を簡潔に記し、裏に湖畔のカラースケッチが添えられているが、歌については何も触れていない。

 はがきを出したのは三高水上部周航クルーの1人、小口太郎。周航の歌作詞者としてその名が伝わっていた。はがきにはこうある。

 昨日は猛烈な順風で殆(ほと)んど漕(こ)ぐことなしに雄松(大津市の近江舞子)迄(まで)来てしまった。雄松は淋(さび)しい所で松林と砂原の中に一軒宿舎があるだけだ。羊草(ひつじぐさ)の生へた池の中へボートをつないで夜おそくまで砂原にねころんで月をながめ美人を天の一方に望(ん)だ。今朝は網引きをやって面白かった。今夜はこの今津に宿る。

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