沖縄慰霊の日

「私が話さねば」家族5人失った81歳女性

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亡くなった家族の名前が刻まれた「平和の礎」の前で思いを語る照屋苗子さん=沖縄県糸満市で
亡くなった家族の名前が刻まれた「平和の礎」の前で思いを語る照屋苗子さん=沖縄県糸満市で

 梅雨明けの夏の日差しが照らす沖縄は今年も鎮魂の一日を迎えた。沖縄戦の犠牲者の冥福を祈る「慰霊の日」の23日、糸満市摩文仁(まぶに)の「平和の礎(いしじ)」には早朝から多くの人たちが訪れ、地上戦に巻き込まれて犠牲となった家族や友を悼んだ。凄惨(せいさん)な戦場を知る戦争体験者は涙し、教訓を受け継ぐ者たちは平和の尊さをかみしめた。72年前の夏、多くの命が散った地から非戦の誓いが広がった。

 突然、米軍の砲弾が撃ち込まれ、岩陰にいたが、爆風の衝撃で気を失った。気がつくと辺り一帯には血と肉片が飛び散っていた。「本当に地獄」。近くにいた祖母と姉、弟は即死していた。生死の境は紙一重だった。

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