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歴史散歩・時の手枕

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御霊神社・千本釈迦堂(京都市) 傷が映す大乱の迫力

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「応仁の乱勃発地」の石碑がある御霊神社=京都市上京区で、玉木達也撮影
「応仁の乱勃発地」の石碑がある御霊神社=京都市上京区で、玉木達也撮影

 「人の世むなし(1467)、応仁の乱」。日本史の勉強で、こんな語呂合わせで年号を覚えた人も多いはず。今年は応仁の乱の勃発から550年。「応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱」(呉座勇一著、中央公論新社)がベストセラーになり、改めて関心が高まっている。11年間も続いた戦乱で、京都市内の多くの寺社が焼失した。そのため、京都市民にとって「先の大戦」といえば、他の都市に比べ空襲被害が少なかった第二次世界大戦ではなく、「応仁の乱」を指すとされるほど。今回はその勃発地となった「御霊(ごりょう)神社」(京都市上京区)などゆかりの地を歩いた。

 通称として上御霊神社とも呼ばれる御霊神社は794年の平安京遷都にあたり、崇道天皇をまつったのが始まりとされる。応仁の乱では畠山政長が陣を構え、畠山義就(よしひろ)と対立した。神社には「応仁の乱 勃発の地」の立て札があり、「文正2(1467)年1月18日朝、この付近御霊の森(上御霊神社境内)での合戦から『応仁の乱』は始まった」と紹介されている。この最初の戦いは義就が優勢のうちに終わり、政長は御霊神…

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