SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『北海タイムス物語』『書店員の仕事』ほか

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今週の新刊

◆『北海タイムス物語』増田俊也・著(新潮社/税別1700円)

 増田俊也『北海タイムス物語』は、1998年まで実在した札幌発の地方紙に飛び込んだ若者の物語。著者は、北大を中退後2年間在籍したから極めてリアル。

 明治20年の創刊、と名門のプライドだけ重く、実態は低賃金、長時間労働。目は血走り、怒号と罵声が飛び交う過酷な戦場だった。社会部記者を夢見て入社した野々村巡洋は、整理部に配属、鬼の上司にシゴかれ泣き暮らす。

 時代は紀子さまご成婚に沸くが、コンビニ弁当と菓子パンで飢えを凌(しの)ぎ、夜は安酒のタイムスには、目前の現実との格闘だけがある。あまりに個性的な同僚たちに揉(も)まれ、「冷静に急げ」「大胆に細心に」という上司の教えに、坊ちゃん社員が目覚めていく。

 それでも新聞社で働きたい。ジャーナリズムを守りたい。恋をし、恋に破れ、体重を減らし、奮闘する主人公は泣くし、我々も泣く。ソ連(現ロシア)が近く、アイヌ差別など北海道の今も描かれ、まずは「イチオシ」の小説になった。

◆『書店員の仕事』NR出版会・編(NR出版会/税別1900円)

 「本は基本一点につき一面」。「御託を並べたPOPなど使わずに、その技術だけで並べられた棚」を魅力的に、とリブロ池袋本店にいた幸恵子は言う。おおっ、と思わず声が出た。

 NR出版会編『書店員の仕事』は、日々、本と読者に向き合う59人の声を伝える。こんなにお世話になりながら、読者は書店員の仕事の実態を知らない。「もう少し待てば君の時代が来るかも」と思いつつ返品する苦渋を書くのは、新潟市・萬松堂の相馬俊幸。

 国分寺市・BOOKS隆文堂の鈴木慎二は、人文書の棚を作るため哲学書の勉強を始めた。それが「時代の変革と密接に結びついている」ことに気づく。最近の書店員は勉強が足りないと叱るご老人こそ、勉強が足りない。

 最終章は東日本大震災特別篇。ジュンク堂書店新宿店の伊藤美保子は「原発反対の棚」を作り続けた。書店という空間の力、書店員という人の強い意志が、この本で心丈夫に思えてきた。

◆『はかりきれない世界の単位』米澤敬、日下明・著(創元社/税別1600円)

 一般的には使われなくなった『はかりきれない世界の単位』を米澤敬・著、日下明・イラストのコンビが絵本にした。たとえば「パイプ」。エストニアの水夫は、煙草(たばこ)を吸う間に船が進む距離をそう呼ぶ。ドイツでは、猫がひと跳びする距離は「カッツェンシュプルング」。原子物理学で使う長さの単位「ユカワ」は、我らが湯川秀樹にちなんだ単位。「小さな単位にも、大きな名誉がかかっています」とコメントも洒落(しゃれ)ている。さて「ダッシュ」とは、一体何の単位? 答えは本書で。

◆『立川談志を聴け』山本益博・著(小学館文庫/税別680円)

 グルメの料理評論家として知られる山本益博だが、デビューは『桂文楽の世界』で、落語どっぷりの人だった。若き日「文七元結(ぶんしちもっとい)」に衝撃を受け、追いかけた体験が『立川談志を聴け』にまとまった。「風化した〈芸〉を高座でいまいちど問い直している」という談志評から、当人との縁ができた。とくに1970年代後半、寄席に通いつめ、取ったメモが本書にも生かされている。この演芸の「眼」が、料理評論の基礎だったとわかる。「落語への恩返し」というこれからに期待したい。

◆『帰宅恐怖症』小林美智子・著(文春新書/税別780円)

 ブランコに乗る中年といえば「生きる」の志村喬。しかし、今や家に帰りたくない男たちがブランコに……。小林美智子『帰宅恐怖症』は、常に妻の顔色をうかがい、家に帰るのが億劫(おっくう)になり、寄り道したり、休日出勤したりする男たちの病弊を解説、対処法まで伝授する。「夫婦問題カウンセラー」の現役とあって、症例もすべて具体的。妻による否定がエスカレートすると、夫は自分が間違っているような気がする、なんて箇所は、ドキドキしながら読む殿方も多いはず。心当たりあります?

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年7月16日号より>

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