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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 柴田翔 『地蔵千年、花百年』

人間は矛盾の中で生きている そして、永遠には生きない

◆『地蔵千年、花百年』柴田翔・著(鳥影社/税別1800円)

 1964年、東京オリンピックの年、芥川賞を受賞した『されど われらが日々--』は青春の挫折を描き、安保世代のバイブルに。累計200万部近くに達する永遠の青春小説だ。著者の柴田翔さんは、その後も作家活動を続けるが、今回の新作『地蔵千年、花百年』は、じつに30年ぶりの長編小説。80歳を超えて、570枚の力作を書き切るエネルギーが凄(すご)い。

「『されど われらが日々--』は六全協世代の人々が主人公ですが、私が描いたのは、運動から一歩身を引いた語り手の目に映った彼らの姿です。そもそも語り手は、古本屋へ行っても、本文よりも著者の後書きばかりに目のいくような人物です。同世代の大江健三郎さんが本の帯に、登場人物たちはみな『影絵』のように通り過ぎて行くと書いてくださったのを見て、なるほどと思いました。若い大江さんの書く人物たちはみな血を流して叫んでいましたから」

 本書は当初、文芸誌『季刊文科』から30枚の短編を依頼されて書き始めたもの。ところが100枚に達したとき、書きたいものとは違うと感じ、3分の2を削って新たに書き直したという。

「これは鳥影社の百瀬精一さんのおかげ。結局一年半かかったんですが、その間、執筆を急(せ)かされなかった。時折もらったはがきには次の締め切りの日付しか書いてない。それで書けたようなもんです。急かされたら? とても書けていなかったでしょう(笑)」

 主人公の加見直行は終戦時に10歳で、柴田さんと同い年。ただし、その後の人生はまるで違う。戦後を慌ただしく生き、赤道近くの国で現地女性と暮らし、帰国後貿易事務所を開き、日本人女性と結婚。55歳の時、昭和が終わりベルリンの壁が崩壊。時間と場所が始終、行きつ戻りつしながら展開する。

「最初から決めて書いたのではないんです。主人公の年表も作ってみたが、窮屈になるので止(や)めました。どうせ、人間は矛盾の中で生きているんだから。『生きること』についても理屈ではなく、その風景を描きたかった」

 戦後、変貌する駅前の商店街、古本屋、肉屋、中華料理店と町の風景、そこで暮らす人々の生と死から、日本人、戦争、人生、死生観などが浮かび上がってくる。「人間は永遠には生きない」という加見の述懐が、タイトルともあいまって全編を貫く。

「タイトルは、エピグラフにした『日本のうた・補遺』からの引用歌の出だしですが、あれはみな、『されど~』のエピグラフと同じで、自分で作りました。加見が行く南米の半島も、実際にはない。すべては想像力です。ふと思い付いて描いた情景もある。そんなところが、書いていて楽しかった」

 加見直行の死で物語は終わらない。息子ヒコ(彦人)が渡米後に結婚したヴァルレ、二人の息子、幼いニカ。直行も「ナオ」と呼ばれることで小説世界はグローバル化し、「血」の巡り合わせの奇跡が起こる。そして新しい命の誕生の予感……。

「書いているうち、ニカが可愛くなって、妹が出来たらうれしいだろうなと、その影を漂わせることにしました」

 “われらが日々”はこうして続き、円環するのだ。

(構成・竹坂岸夫)

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柴田翔(しばた・しょう)

 1935年、東京生まれ。作家、ドイツ文学者。東京大独文科卒。64年『されど われらが日々--』で第51回芥川賞受賞。69年より東京大助教授、教授、文学部長を歴任。現在、名誉教授。著書に『贈る言葉』『立ち盡す明日』『鳥の影』など多数

<サンデー毎日 2017年7月16日号より>

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