豊臣秀吉

太閤のラブレター 79年ぶり書状 茶々の病後気遣う 兵庫・豊岡

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豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた書状の一覧
豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた書状の一覧

 兵庫県立歴史博物館(兵庫県姫路市)と東京大史料編纂(へんさん)所は7日、豊臣秀吉が側室の茶々(淀殿)に宛てた直筆の書状を同県豊岡市出石町の民家で見つけたと発表した。茶々宛ての書状はこれまでに5点しか確認されておらず、新たな史料の発見は少なくとも1938(昭和13)年以来79年ぶり。嫌いなお灸(きゅう)を使って病を治した茶々をねぎらう内容で、専門家は「秀吉の私生活や茶々への愛情を読み取ることができる絶好の書状」としている。【幸長由子】

 茶々は、織田信長の妹・市(いち)の長女で、秀頼の母。

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