母は21歳で私を産みました。「子供が子供を産む」と言われたらしく、いい子に育てようと必死で、私も無自覚に応えていました。因島(広島県尾道市)のような田舎では、教師になると親が安心します。近所の手前もあり、自然と教師になろうと思いました。どういう人になりたいか考えたこともなかったんです。
「18年間の期待を裏切った」。国立大の教育学部を受験して落ちたとき、母の一言がきっかけで、自分が自分である感覚がなくなる「解離性障害」になりました。そこで私は親の道を生きてきたと気がついた。私は私を取り戻したい、母にも自分の人生を取り戻してほしい。妻とか母とかでなく。2人でカウンセリングを受けました。私は母の呪縛から解き放たれ、母は家族や女性はこうあるべきだという思い込みや世間の呪縛から解放されました。長い大変な道のりがありましたから、皆さんにお勧めできるものではありません。
芸能界は32年になります。短大卒業後、企業で働いていましたが、後から入社した男性が追い抜いていく。男性優位の組織に理不尽さを感じ、会社を辞めました。バブル時代だったので、辞めても何とかなるかなって。ひょんなことからプロダクションのオーディションを受けて、報道番組のリポーターにスカウトされました。困った人のため、弱い人のために報道があることを学びましたね。
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