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岡崎 武志・評『カタストロフ・マニア』『和樂ムック ドナルド・キーン』ほか

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今週の新刊

◆『カタストロフ・マニア』島田雅彦・著(新潮社/税別1600円)

 島田雅彦『カタストロフ・マニア』は、近未来SFに純文学を加味した長編だ。投薬の治験バイトで入院中のミロクは、ゲーマーの若者。冬眠カプセルから目覚めたら、あたりに誰もいない。

 世の終わりかと思ったら生存者がいて、東京上空にオーロラが発生し都市機能はマヒ、感染症の拡大、原発危機とカタストロフを迎えたと知る。権力者による、人工知能と殺人ウイルスの力を借りた人類の淘汰(とうた)が始まったのだ。

 日常というルーチンがなくなったら、人は退化し始める。「このまま黄昏れちゃっていいのか、人類」。サバイバルする老人たち、天才ハッカーの高校生、クーデターを起こす男たちとともに、ミロクは明日の見えない絶望の世界を走り出す。愛するヒロイン・すずと果たして再会できるか?

 ライフラインが途切れた中、水汲(く)み、薪(まき)集め、菜園に保存食作りと、老人たちが生き生きと生活する描写が楽しい。かなり面白い小説に仕上がっている。

◆『和樂ムック ドナルド・キーン』(小学館/税別2400円)

 今年95歳にして、表紙のこの笑顔。『和樂ムック ドナルド・キーン』は、日本人以上に日本を愛し、日本を知りつくした知の巨人の魅力を、豊富な取材写真とともに紹介する。

 ニューヨークで生まれ、英訳『源氏物語』で日本文化と美に開眼、日本文学を学ぶ。谷崎、川端、三島、安部、司馬など、文豪たちが、この青い目の青年を愛した。文学、美術、古典芸能と、日本人以上に日本が好きになっていく。狂言の舞台にも立った。

 国宝級の彫刻が並ぶ京都・東寺の講堂へ入ると、「静かに」と言わなくても、人々は自然に静かになる。変な音楽も眩(まぶ)しい照明もない。指摘されるまで気づかなかったが、本当、その通りだ。キーンさんは京都が大好き。

 清凉寺境内を、染織家の志村ふくみと腕を組んで歩く姿の若々しいこと。そして随所にユーモア。我々日本人は、まだまだ、この人から学ぶことがたくさんある。その入口にうってつけの一冊。

◆『誰もボクを見ていない』山寺香・著(ポプラ社/税別1500円)

 『誰もボクを見ていない』は、2014年埼玉県で起きた老人夫婦殺人事件を扱うノンフィクション。逮捕された少年は孫だった。金欲しさの窃盗と殺人。よくある事件に思えた。当時、『毎日新聞』さいたま支局にいた記者・山寺香は、裁判をすべて傍聴し、取材して衝撃を受ける。少年は小5から中2まで義務教育を受けず、両親から虐待を受ける居住不明児童であった。周辺への聞き込みと少年の手記から「なぜ少年の存在が社会から見過ごされたか」を問い、少年犯罪の本質に迫る。

◆『猫の文学館』和田博文・著(ちくま文庫/税別各840円)

 和田博文編『猫の文学館』(1、2)は、日本の作家たちが、小説・エッセー・詩で書いた、猫「愛」の見本帳。猫の耳を切符切りでパチンとやってみたいと書いたのは梶井基次郎「愛撫」。「ねむたげな黒猫の目、/その奥から射る野生の力」は与謝野晶子「黒猫」。もちろん、死んだ猫を丁重に葬った夏目漱石「猫の墓」も。萩原朔太郎の幻想的散文詩「猫町」、星新一のショートショート「ふしぎなネコ」と、猫に「不思議」はつきもの。編者解説のタイトルも「日常と異界の往還」だ。

◆『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」』(祥伝社新書/税別820円)

 マンガの神様は、戦争をテーマにした作品をたくさん描き遺していた。『手塚治虫傑作選「戦争と日本人」』は、「ブラック・ジャック」はじめ、9編を収録する。注目は自伝的作品「どついたれ(抜粋)」。勤労動員で淀川の工場に勤めていた主人公は、空襲直後の夏の大阪を歩く。焼ける街、死体の山を見て、「どっかのお寺の宝物殿で見た焦熱地獄の絵そっくりや」と呟(つぶや)く。敗戦後も「生き残った人々が生きつづけるための戦争を始めた」と書く。戦争の記憶を風化させないための必読の書。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年7月30日号より>

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