特集

広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

特集一覧

広島原爆アーカイブ

被爆1カ月後の広島 生活再建、胎動の芽 /広島

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷

 広島原爆の投下から1カ月後の1945年9月、毎日新聞記者が撮影した写真は、焦土の片隅で生活再建に踏みだそうとする市民の姿も収めていた。現存する写真44枚を手に、広島原爆資料館の検証で判明した21カ所の撮影ポイントを歩いた。

 45年9月9~11日ごろ、毎日新聞大阪本社写真部に在籍した山上圓太郎と新見達郎の両記者が撮影した。焼け残った建造物や病院を視察する米軍調査団の写真が中心で、市井の人々を捉えたカットは数えるほどしかない。

 そんな中でも目を引くのは、広島駅前(地図<1>)のにぎわいを写した2枚だ。「ビール立飲所」の看板を掲げるバラックの前には、男性たちが列をなしている。もう1枚の写真(1)には売り物だろうか、小屋の前に金管楽器が並ぶ。壁の看板には「食料御持参の方には『たい』て上げます」とある。自由価格で物を売買する「ヤミ市」の胎動期であることが分かる。

この記事は有料記事です。

残り924文字(全文1306文字)

【広島・長崎原爆】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集