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「蛤御門の変」参戦の新史料 長州勢を鉄砲撃退

見つかった長谷川軍記による日記。禁門の変が起きた元治元年7月19日には、新選組が旧東九条村で長州勢と鉄砲で撃ち合う場面の記述がある=京都市南区で2017年7月18日午後5時32分、小松雄介撮影

 幕末に起きた武力衝突「蛤御門(はまぐりごもん)の変(禁門の変)」で新選組が戦闘に加わっていたことを示す日記が、京都市南区の国登録有形文化財「長谷川家住宅」で見つかった。「池田屋事件の研究」などの著作がある中村武生・京都女子大非常勤講師(幕末政治史)が18日、発表した。都の入り口だった要の場所に布陣して長州藩と激突し、鉄砲で撃ち破ったことなどが生々しく記されていた。

 蛤御門の変では、長州軍が京都に出兵。新選組が従っていた京都守護職の松平容保(かたもり)の軍と戦って敗れ、朝敵となった。しかし、各地の浪士が集まった新選組が当時果たした役割や待遇は諸説あり、明確になっていなかった。

 日記は、当時の住宅の当主、長谷川軍記が文政5(1822)年~明治4(1871)年に見聞きした出来事をまとめたもの。2015年に土蔵のタンスの中から見つかった。

 蛤御門の変が起きた元治元年7月19日(1864年8月20日)には「新選組が立ち向かい鉄砲を撃ち合い、長州方は撃ち負けて、当村の野辺を西へ逃げ去った」などと記載されていた。住宅は蛤御門から約5キロ南で都の南の入り口だった旧東九条村にある。

 また戦闘が始まる約1カ月前には、「会津様御下宿」「壬生浪士組御下宿」の文字と共に、具体的に泊まった農家などの名が記載されていた。壬生浪士組は新選組を指すとみられる。

 中村さんは「新選組が旧東九条村で長州勢と鉄砲を撃ち合い勝利した事実はこれまで知られていなかった。また、通説では鴨川の河原に野営したとされており、農家に泊まっていたことも当時の具体的な動向を知るうえで興味深い」としている。【宮川佐知子】

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