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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「近寄るな」軍人、病床で最期の抵抗

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大野陸軍病院で患者を診察する米国マンハッタン管区調査団。中央は東京帝国大の都築正男博士=広島県大野村(現廿日市市)で1945年9月10日、新見達郎撮影
大野陸軍病院で患者を診察する米国マンハッタン管区調査団。中央は東京帝国大の都築正男博士=広島県大野村(現廿日市市)で1945年9月10日、新見達郎撮影

 広島原爆の投下から約1カ月後、広島県大野村(現廿日市(はつかいち)市)にあった大野陸軍病院を米軍の調査団が訪れていた。同行取材した毎日新聞記者が撮影した写真には、負傷者を囲むように立つ米軍人らが写っている。72年前の写真を手にした同病院の元看護師、古原(こばら)ユキエさん(92)=島根県浜田市=の耳に、原爆で傷を負った若い軍人の怒声がよみがえった。「近寄るな!」

 写真は1945年9月10日の撮影で、古原さんは日米開戦の41年ごろ病院に勤め始めた。瀬戸内海を望む衛生的な職場だった。

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【広島・長崎原爆】

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