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パキスタン

ムシャラフ元大統領「インドに核使用を検討」

インタビューに答えるパキスタンのムシャラフ元大統領=ドバイで2017年7月21日、金子淳撮影

02年、両国関係緊張の事態受け 「報復を恐れ断念」

 インドとパキスタンが8月に分離独立70年を迎えるのを前に、パキスタンのムシャラフ元大統領(73)が毎日新聞のインタビューに応じた。ムシャラフ氏は大統領在任中の2002年、インド国会襲撃テロ事件後に両国関係が緊張した事態を受け、インドへの核兵器使用を検討したが、報復を恐れ断念したと明らかにした。核保有国のトップが核使用を検討した事実に言及するのは極めて異例。印パ対立が核戦争の引き金になりかねない状況を改めて浮き彫りにした。【ドバイ(アラブ首長国連邦)で金子淳】

 01年12月に発生したインド国会襲撃事件について、インドはパキスタン軍情報機関の支援を受けたイスラム過激派が実行したと非難。印パ双方は計約100万人の陸海空軍を国境付近に動員し、02年10月ごろまでにらみ合いが続いていた。

 滞在先のドバイの自宅で今月21日に会見に応じたムシャラフ氏は「緊張が高まった02年に核使用の一線を越える可能性があった」と指摘。「核をどう使うのか。使えるのか。何日も眠れない夜が続いた」という。ムシャラフ氏は当時「核戦争も辞さない」と公言していたが、外交的ポーズではなく、現実的な選択肢として検討していたことを示す発言だ。

 ムシャラフ氏は「当時、印パ両国とも核弾頭はミサイルに搭載しておらず、発射までに1~2日かかる状態だった」と説明。核弾頭の装填(そうてん)の指示は「しなかった。インドもそこまでしなかったはずだ」と述べ、双方に核の報復を恐れる心理が働いていたことを示唆した。両軍はその後、全面衝突を回避し緊張は緩和に向かった。

 カシミール地方の領有権で対立するインドとパキスタンは1998年5月に相次いで核実験を実施。インドは99年に核の先制不使用を打ち出したが、パキスタンは先制使用もあり得るとの立場を崩していない。このため、インドは国会襲撃事件後、パキスタンの越境テロなどに対し、核を使う時間的猶予を与えずに即座に限定攻撃を加える軍事方針を採用したとされる。これに対し、パキスタンは戦術核の開発を進め対抗している。

 昨年11月にはインドのパリカル国防相(当時)が核先制不使用政策に「縛られない」と発言するなど、核の脅威は高まっている。ムシャラフ氏はこうした状況について「非常に危険だ。核を一つ使えば、(報復で)10個落とされる。最大限の破壊を招く」と警告した。

ムシャラフ元大統領の発言ポイント

▽2002年に核使用の一線を越える可能性があった。しかし、核弾頭の装填の指示はしなかった。

▽インドの前国防相が核先制不使用を見直す発言をした。非常に危険。核を使うと言っているに等しい。

▽(パキスタンの「核開発の父」と呼ばれる)カーン博士から核開発関連装置がイラン、北朝鮮に流れた。それ以外は知らない。

ペルベズ・ムシャラフ氏

 インド・デリー生まれ。1998年、軍トップの陸軍参謀長に就任。99年10月に軍事クーデターを起こしてシャリフ首相を追放し、政権を掌握。2001~08年に大統領を務めた。07年の非常事態宣言を巡り14年3月、国家反逆罪で起訴され、現在も係争中。16年から病気療養のためドバイに滞在している。

印パ両国を巡る主な動き

1947年 インドとパキスタンが分離独立。第1次印パ戦争

  65年 第2次印パ戦争

  71年 第3次印パ戦争。東パキスタンがバングラデシュとして独立

  74年 インドが初の核実験

  98年 インドが2回目の核実験。パキスタンが初の核実験

  99年 印パが領有権で対立するカシミール地方のカルギルで両軍が衝突▽パキスタンのムシャラフ陸軍参謀長が軍事クーデターで政権掌握▽インドが核先制不使用を含む核ドクトリン草案を発表

2001年 インド国会襲撃テロ。02年まで両軍が対峙(たいじ)し、ムシャラフ大統領が核使用を検討

  08年 ムシャラフ大統領辞任。ムンバイ同時テロで160人以上死亡

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