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筒井紘一の茶の湯つれづれ

京都・裏千家今日庵文庫長、茶道資料館副館長の筒井紘一さんが、茶の湯にまつわる逸話や思想、動向を紹介します。

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筒井紘一の茶の湯つれづれ

戦時の鈍翁「朝顔茶会」

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色とりどりの朝顔が並ぶ入谷朝顔まつり。夏の風物詩として親しまれている=東京都台東区で6日、藤井達也撮影
色とりどりの朝顔が並ぶ入谷朝顔まつり。夏の風物詩として親しまれている=東京都台東区で6日、藤井達也撮影

 鮮やかな色が青空に映える花、朝顔。歳時記では秋の季語とされてきたが、盛夏を象徴する花であることに異論はないだろう。筆者はこの季節に朝顔を見ると、近代を代表する茶人の一人に思いをはせるという。

 朝から厳しい日差しが照りつける京都の夏、街角で一瞬の清涼剤となっているのが朝顔だ。小学校での栽培や朝顔売りなど、この花にまつわる夏の思い出をお持ちの方も多いだろう。私が思い出すのは、益田鈍翁のことである。

 鈍翁は嘉永元(1848)年、佐渡奉行所役人の子として生まれ、若くして江戸へ出、幕府の外交使節の一員としてヨーロッパへ渡った。維新後は貿易商に転身し、三井財閥のトップとして財界で大きな力を発揮。男爵の位もたまわった。一方で茶道を学び、明治40(1907)年には神奈川・小田原に2万坪の敷地を求めて邸宅と茶室を建てた。そこが近代茶道史に残る名舞台の一つ、掃雲台(そううんだい)であった。

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