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岡崎 武志・評『悪寒』『深ぼり京都さんぽ』ほか

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今週の新刊

◆『悪寒』伊岡瞬・著(集英社/税別1800円)

 夏はやっぱり怪談。手軽に体感温度が下がる。横溝賞受賞作家・伊岡瞬の『悪寒』は、ミステリー仕立てで誰もが体験しうる日常に潜む恐怖を描く。いやあ、怖い。

 丸の内に本社がある大手製薬会社から、一年という約束で、山形県酒田市の関連会社に単身出向した藤井賢一。社内の騒動の責任を取らされたのだ。支店長にはいびられ、妻とは疎遠に……。

 そんな賢一のもとに、妻の倫子から一本のメール。「家の中でトラブルがありました」。続いて警察からの電話で、妻が傷害致死の容疑で逮捕されたと知る。しかも相手は、賢一の会社の常務であった。賢一も読者も思わぬ展開に身が縮む。

 社内恋愛で結婚した美人妻の倫子が、常務と不倫関係にあった? 検察と警察は賢一を「殺人教唆」で起訴するという。「これは本当に自分の身に起きていることだろうか--」。すべての事態は二転三転しながら悪い方へ……。驚愕(きようがく)の真相が最後に待つ。

◆『深ぼり京都さんぽ』グレゴリ青山・著(集英社インターナショナル/税別1000円)

 お次はにっこり、ほっこりとする漫画エッセーを。京都在住で旅もの漫画で人気のグレゴリ青山が、『深ぼり京都さんぽ』で観光客の行かない古都をガイドする。

 京都観光の定番「東寺」には、夜叉神堂があり、意外や「歯の守り神」で、キシリトール入りのお守りが販売されている。ただし「中身はラムネ菓子」「しかも600円もするん」と笑いを取ることを忘れぬところが関西人。

 江戸後期の町屋から出てくるお宝、二条城に息づく職人技、西陣「鳥岩楼」では親子丼のみというお昼のメニューを堪能する。美人の京女、着流しの伝統工芸ライター、ベラルーシ出身の京都通・アナスタシアと、登場するガイド役も個性的。

 「京都人の京都知らず」と著者は言う。京都的なものが身近にありすぎて、かえって知れば面白い「京都」を見逃している。個人的には、8月恒例の「下鴨納涼古本まつり」のルポが楽しく、ありがたい。今年も行きたくなってきた。

◆『水を石油に変える人』山本一生・著(文藝春秋/税別1770円)

 世の中には、学校で教わらない歴史秘話がある。山本一生『水を石油に変える人』は、いかにも怪しい人だが実在した。第一次大戦を機に、石油の重要性が注目され、山本五十六がある話に乗った。水からガソリンを製造する男がいるというのだ。男はかつて帝大教授まで巻き込んで「藁(わら)から真綿」事件を引き起こした詐欺師であった。海軍省で行われた実験、現場責任者は「特攻の父」、それを伝える報告書……。神風が吹くという以上に謎な「発明」の顛末(てんまつ)を追う傑作ノンフィクション。

◆『極楽鳥とカタツムリ』澁澤龍彦・著(河出文庫/税別880円)

 今年は、澁澤龍彦の没後30周年。もうそんなになるのか。『極楽鳥とカタツムリ』は、澁澤の作品から、生き物を巡る奇妙な物語28編を集めたアンソロジー。獏(ばく)、象、犀(さい)、ドードーから魚、昆虫まで、澁澤の見た夢と博物学的遊びが横溢(おういつ)している。小説『高丘親王航海記』から選ばれた「儒艮(じゆごん)」は、高丘親王と側近が広州から天竺(てんじく)を船で目指す話。奴隷の少年(じつは少女)を救い出し、南の海でジュゴンを発見。マングローブの森、大蟻食いと、澁澤的異端と冒険の世界が堪能できる。

◆『東大卒貧困ワーカー』中沢彰吾・著(新潮新書/税別720円)

 『東大卒貧困ワーカー』の著者・中沢彰吾は、東京大卒業後、毎日放送に入社。身内の介護のため退社し、派遣・非正規として働き出したが、そこで見たのは「貧困ワーカー」の現実だった。徹夜の12時間労働、日給が1300円、汚れ仕事を押し付けられ、自発的に帰れば雇用者は賃金を払わなくて済むといった修羅場だった。求人のからくりや、詐欺紛(まが)いの「替え玉」派遣など、ブラックな裏側が次々と明かされ、唖然(あぜん)となる。この修羅場を一国の首相に読んでいただきたいが……ダメか?

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年8月13日号より>

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