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岡崎 武志・評『仕事人生のリセットボタン』ほか

夏の特別編 人生100年時代をよりよく生きるための読書

いつでも、何度でも新しく始めよう

◆『仕事人生のリセットボタン --転機のレッスン 』為末大・中原淳/著(ちくま新書/税別820円)

◆『人は、老いない』島田裕巳・著(朝日新書)

 『仕事人生のリセットボタン』は、為末大(アスリート)と中原淳(人材育成のプロ)が、人生の転機について語り合う。右肩上がりの時代は終わり、勝ち組と負け組の差が明確になった今、自分をモニタリングする必要がある。スランプに陥った時の為末は「世の中に魔法はないよ」を受け入れた。「世の中は『シンプルな原則』からできている。(中略)地道な当たり前のことから法則を見つけていくことが大事」だと悟った。

 島田裕巳『人は、老いない』(朝日新書)は、老後という言葉で、第二の人生を余生とする考え方に反対。「年齢を重ねること」の積極的な意味を説く。流行の「終活」などやめよ、は一提言。「どうせ最期は、なにもかも家族などほかの人間に任せなければならないのだから、終活などやめて、いかに自分を進歩させ、進化させていくかを考えた方が賢明だ」と叱咤(しった)する。激しいバッシングによる失職、大病など「大いなる試練」を経た著者だからこそ、「老成」のすすめが生きてくる。

身近にある幸せを改めて見つめ直す

◆『荻野寿也の「美しい住まいの緑」85のレシピ』荻野寿也・著(エクスナレッジ/税別2300円)

◆『女心についての十篇 耳瓔珞(みみようらく)』安野モヨコ選・画(中公文庫)

◆『BAR物語』川畑弘・著(集英社インターナショナル)

 これまで家のことはすべて妻まかせ。食べて寝るだけだったわが家にいる時間が、定年後は長くなる。造園家の荻野寿也による『荻野寿也の「美しい住まいの緑」85のレシピ』を読むと、狭い庭でもわが手を加えたくなる。著者はここで「家族や友人と気持ちの良い時間を過ごすことができる居場所」としての造園法を伝授する。敷地に余裕がなくても、アプローチや門まわりに植物を植える。「ご近所に、緑のお裾分け」をする、という発想がいい。屋上庭園、坪庭の見える浴室、室内に森などアイデア満載。

 半世紀以上生きてきたのに「女性のこと、なんにも分かってない」という自覚を持つ殿方は多いはず。安野モヨコ選・画『女心についての十篇 耳瓔珞(みみようらく)』(中公文庫)は、川端康成、岡本かの子、芥川龍之介など、文豪たちが小説に描いた「女心」を収録。表題作は円地文子の短編。洋品雑貨の問屋を構え、戦後の激動期にあって男まさりに店を切り盛りした滝子。夫の泰治とは性生活がない。大病し、手術で子宮を摘出した滝子に、画家の高梨が女であることを目覚めさせる。「女」は決して死なない。それを夫は知らない。

 ウイスキーのPR誌を制作する川畑弘は、多くのバーテンダーを取材してきた。『BAR物語』(集英社インターナショナル)は、全国の酒場に立つ人たちの「もてなしの心得」を伝える。仙台のバー「アンダンテ」。震災後、どうにか復活、ひと月後の大きな余震で再びボトルとグラスが割れる。店主は店に泊まり、翌日も灯(あか)りを点(とも)した。そこへ来た客が言う。「酒なんか揃(そろ)ってなくていい。(中略)バーの灯(ひ)を、どうか、ずっと、点しておいてくれよ」。「もてなし」の神髄がここに語られている。

思いがけない転機は誰にもやってくる

◆『僕はホルンを足で吹く』セリーヌ・ラウアー/共著者、植松なつみ/訳(ヤマハ・ミュージック・メディア/税別1800円)

◆『カウボーイ・サマー』前田将多・著(旅と思索社)

◆『黒田泰蔵 白磁へ』黒田泰蔵・著(平凡社)

◆『スマイル!』小口良平・著(河出書房新社)

◆『パンの人』フィルムアート社・編(フィルムアート社)

 挫折、転職、大病など、それまでとは別の人生を選び取る転機がある。『僕はホルンを足で吹く』(セリーヌ・ラウアー/共著者、植松なつみ訳)の著者フェリックス・クリーザーは、生まれつき両腕がない。そんな彼がいかに世界トップクラスのホルン奏者になりえたか? クリーザーは両腕がないことを悲劇とせず、属性として受け入れ、ホルンという楽器と向き合った。苦労話や陳腐な感動秘話はない。「問題を解決するときは、他人をあてにするのではなく自分で処理する」姿勢に学びたい。

 前田将多は電通のコピーライター職を捨て、カナダの牧場へ渡り、牛を追う生活を始めた。『カウボーイ・サマー』(旅と思索社)は、そんなひと夏の体験を描く。カウボーイとは、先人の世界を受け継ぎ、それを次世代に託す仕事だと知る。デスクにしがみついていては知ることのできない世界がある。「働き方は生き方そのものであるような感慨に改めて打たれます」という言葉の持つ意味は重い。

 伊東の海岸に臨むアトリエで、今日も彼は轆轤(ろくろ)を回す。黒田泰蔵『黒田泰蔵 白磁へ』(平凡社)は、世界的陶芸家が「白磁」に魅(み)せられ、懸けた半生を語る。1946年生まれ、兄は黒田征太郎。自暴自棄の日々、試行錯誤と模索の日々があった。それでも轆轤と向き合い、独自の白磁を作り上げた。「黒田泰蔵さんの白は、真理を求めてやまない心の色だ」(安藤忠雄)。美しい写真を多数収録。

 2016年9月、ニューヨークでゴールを迎えた「地球一周」の旅。約8年半で訪れた国は157カ国。『スマイル!』(河出書房新社)の著者・小口良平は、それを自転車で成し遂げた。自信を持てず、自己嫌悪を感じていた若き小口。「夢」を持った時から、彼は動き出した。会社勤務しながら貯蓄、地球一周旅が開幕した。トラブルや危険に遭いながらも、ペダルを漕(こ)ぐのをやめなかった。各地で迎えられた「スマイル」。「世界中に自分のことを肯定してくれる人たちがいる」ことを知る旅であった。

 フィルムアート社編『パンの人』(フィルムアート社)は、人気パン店を営む5人にインタビュー。パンの向こうに、仕事と人生、作り手の顔が見えてくる。仕事とは何かを、読みながら考えさせられる素敵(すてき)な本だ。

君も僕も若かった時 世界は揺れていた

◆『水燃えて火』神津カンナ・著(中央公論新社/税別1800円)

◆『集団就職』澤宮優・著(弦書房)

◆『会社苦いかしょっぱいか』パオロ・マッツァリーノ/著(春秋社)

◆『日本の暗黒事件』森功・著(新潮新書)

 元号が変われば、ますます遠くなる「大正」と「昭和」。あの時、日本もまだ若かった。大正13(1924)年、恵那峡に日本初のダム式発電所「大井発電所」が動き始めた。作ったのは福沢桃介。あの福沢諭吉の女婿で、彼は木曽川の水力発電開発の祖であった。神津カンナ『水燃えて火』は、そんな男の波瀾(はらん)万丈の物語。相場師として財を成し、実業界でも電気事業に成功、衆議院議員も務めた。しかし桃介の面目は、後半生を、女優第一号の川上貞奴を伴侶としたことで躍如する。まことに色っぽい実業家だったのだ。

 戦後の復興と高度成長を支えたのは、「金の卵」ともてはやされた地方出身の中卒高卒の「ひよっこ」たちだ。澤宮優『集団就職』(弦書房)は、資料と取材からその実態を明らかにする。タイルの街・多治見に熊本から就職した少女。8畳に8人押し込まれ、手取りは3000円。「あのときは夢も何もないのよね」と語る。復帰前の沖縄からの集団就職者は、パスポートが必要で、「言われなき差別も受けた」。著者は言う。「戦後の光と影を背負った象徴が集団就職だった」。働く力を生きる力に変えた時代だった。

 パオロ・マッツァリーノ『会社苦いかしょっぱいか』(春秋社)は、「社長と社員の日本文化史」の副題がつく。思えば高度成長期、日本映画には「社長」「無責任」の両ドル箱シリーズがあり、なんだか会社が楽しそうだった。本書の目次を見ると「戦後は愛人も経費で落とす」「女性秘書ブームの立役者たち」「社長と豪邸」「宴会部長の憂鬱」と、下世話な視点から、日本の会社社会をコラムふうに考察している。個人的には、80年代以降に蔓延(まんえん)した挨拶(あいさつ)「お疲れさま」の研究が興味深かった。みんな、本当に疲れていたのでしょうか。

 70年よど号、76年ロッキード、84年グリコ・森永、山一抗争、94年住銀支店長暗殺、95年オウム真理教……と、並べると気持ちが暗くなる。森功『日本の暗黒事件』(新潮新書)は、日本を震撼(しんかん)させた事件と、暗躍した「わるいやつら」をレポートする。「どくいり きけん たべたら 死ぬで」の脅迫状を出した「かい人21面相」の狙いは? 企業脅迫から毒物混入という無差別テロに発展した事件。不気味な真相は闇であり、昭和の闇でもある。

たまには行ってみよう ここではないどこかへ

◆『生の歓び【食・美・旅】』多田富雄・著(藤原書店/税別2800円)

◆『ニッポンぶらり旅 山の宿のひとり酒』太田和彦・著(集英社文庫)

◆『ひたすら面白い小説が読みたくて』児玉清・著(中公文庫)

◆『にっぽん猫島紀行』瀬戸内みなみ・著(イースト新書)

 夏は家族旅行、帰省とご苦労さまです。しかし、移動の車中や旅館で就寝前のひととき、一人でそっと本を開くのは、また特別の気分ではないですか? 旅のお供には、やっぱり旅の本がよかろう。

 多田富雄『生の歓び【食・美・旅】』は、世界的な免疫学者(2010年死去)の作品を精選、テーマ別に全5巻にまとめた第2弾。旅の章は、海外旅行の随筆が中心。日の長いイタリアの初秋の夕方、あるいは、アフリカの炎天下で冷たい水を飲んだ時の感想には、歓喜のありったけが表現される。妻と出かけた北イタリア、チンクエ・テーレの坂道。その半年後、「私」は脳梗塞(こうそく)で半身不随となり、それが最後の旅となってしまった。著者の目と心が乗り移って、読者もまた、旅の空へ。

 太田和彦『ニッポンぶらり旅 山の宿のひとり酒』(集英社文庫)は、居酒屋をゴールに、近い町、遠い町をさすらう紀行エッセー。新宿駅から2時間強、雨の御岳山へ。御嶽神社を詣で、下山すると「玉川屋(たまがわや)」でとろろそば。「つるつるとろとろ、ぺろりといただきました」と文章も弾む。高山「樽平(たるへい)」は「木組みの屋敷で、丸竹の壁は飴(あめ)色」と、著者の手にかかると、店そのものがごちそうだ。

 旅ネタ以外の旅のお供本を何か、というご注文には、『ひたすら面白い小説が読みたくて』(中公文庫)がおススメ。11年に死去した児玉清は根っからの本好きで、愛溢(あふ)れるブックガイドを遺(のこ)した。現代小説から時代小説、海外ミステリーと幅広い守備範囲で、「面白い小説」を紹介する。すべて文庫の解説だから、一回分の文字量が多く、それ自体が読みものになっている。話題になった有川浩『阪急電車』を、「さあ、この電車に乗りましょう。楽しい出逢いに満ちた阪急電車に!」と読者を高い調子で引きずり込む。

 瀬戸内みなみ『にっぽん猫島紀行』(イースト新書)は、北海道・天売島(てうりとう)から沖縄県・竹富島まで、猫が楽園として暮らす10の島々を訪ねる。島の人口と猫の数が同じくらいという香川県・男木島(おぎしま)は、今や、観光客が押し寄せる人気スポット。個別の事情を抱えながらも、猫が暮らしやすい島は、やっぱり人間にとっても暮らしやすいのではないか。本書を読みながらしみじみ思った。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。書評を中心に執筆。主な著書に『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年8月20-27日夏季合併号より>

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