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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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長崎原爆の日

青春の痕跡求め歩いた亡父 熊本の被爆者

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父の遺影を手に参列した西野真二さん=長崎市の平和公園で2017年8月9日午前9時39分、森園道子撮影
父の遺影を手に参列した西野真二さん=長崎市の平和公園で2017年8月9日午前9時39分、森園道子撮影

 原爆投下から72年を迎えた9日、長崎には全国から被爆者や遺族が集い、追悼の祈りに包まれた。

 熊本県合志(こうし)市の会社員、西野真二さん(61)は昨年8月末に87歳で亡くなった被爆者の父富夫さんの慰霊のため、長崎市松山町の平和公園であった平和祈念式典に出席した。「戦争はいかん。平和が一番だ」。そう繰り返した富夫さんは晩年、何度も熊本から長崎を訪れ、被爆した当時の痕跡を探し求めていた。

 富夫さんが残したメモによると、富夫さんは1944年6月、14歳の時に熊本から三菱重工長崎造船所に学徒動員された。45年8月9日の原爆投下時は造船所内で設計図面を回収していた時に空が光り、目がくらんだ瞬間、とっさに伏せた。爆心地から約3.5キロ。爆風による粉じんが一面を覆った。幸い大きなけがはなかったが、爆心地に近い浦上の工場に出かけていた同級生は亡くなった。

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【広島・長崎原爆】

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