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昭和史のかたち

昭和史研究で知られるノンフィクション作家の保阪正康さんの長期連載。「昭和」という時代をさまざまな角度からひもときます。毎月1回更新。

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昭和史のかたち

太平洋戦争で散った棋士=保阪正康

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(左上から時計回りに)坂田三吉をしのんで通天閣の下に建てられた王将の碑、1953年12月の第3期王将戦で対局する升田幸三(右)と大山康晴、太平洋戦争時のニューギニアを行進する日本軍 コラージュ・松本隆之
(左上から時計回りに)坂田三吉をしのんで通天閣の下に建てられた王将の碑、1953年12月の第3期王将戦で対局する升田幸三(右)と大山康晴、太平洋戦争時のニューギニアを行進する日本軍 コラージュ・松本隆之

将棋界変えたかもしれぬ天才

 まだ中学生の藤井聡太さんが、プロ棋士としてデビューして以来29連勝を続けて、歴代1位の記録をつくった。そのためか、ときならぬ将棋ブームが生まれたが、将棋の世界では特別の能力を持った逸材が常に輩出される。8月、そういう逸材について考えてみたい。

 私はもとより将棋は門外漢で、へぼ将棋に熱中する程度である。しかしそれぞれの棋士が歴史にどのように振り回されたかは興味がある。

 たとえば棋神と評された坂田三吉は、長男の義雄が応召して3日後に南方に向かう輸送船に乗り込んだが、アメリカの潜水艦に撃沈されて戦死した。そのことがどうにも納得できず、坂田の死期を早める結果になったという。義雄は大阪の北野中(現北野高)から神戸高等商業学校(現神戸大)に進んで首席で卒業し、今の東京海上日動火災保険の社員になった。坂田にとってはこの息子の存在がなによりも励みだったのである。

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