大阪うめきた

梅田墓に「大坂七墓」物証の人骨200体

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発掘調査で確認された梅田墓の一角。奥に見えるのはグランフロント大阪=大阪市北区で6月
発掘調査で確認された梅田墓の一角。奥に見えるのはグランフロント大阪=大阪市北区で6月

 JR大阪駅北側の再開発区域「うめきた」(大阪市北区)に江戸~明治時代にかけてあった「梅田墓(ばか)」の発掘調査で、200体以上の埋葬人骨が見つかった。梅田墓は、江戸期に庶民の間で流行した盆行事「大坂七墓巡り」の1カ所に数えられ、近松門左衛門の「曽根崎心中」や井原西鶴の「好色二代男」にも登場するが、面影を伝えるものは残っておらず、実態はよくわかっていない。過去の工事で墓石などが出土した例はあるが、学術的な発掘調査で墓の一端が明らかになるのは初めてで、当時の大阪の都市の様相や葬送文化を知る上で貴重な発見だ。

 うめきた2期区域の再開発事業に伴い、今年2~6月、大阪市教委の指導で大阪文化財研究所が明治期の地図から墓域と推定される約3000平方メートルの一画を含む、約700平方メートルを発掘調査した。

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