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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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すさまじいゲルギエフの求心力 PMF2017

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PMF組織委員会提供
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 優秀な若手音楽家の育成を目指す国際教育音楽祭「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」が7月8日から8月1日までの間、札幌をメイン会場に開催された。28回目となる今年はオーディションで選ばれた世界29カ国・地域の若手音楽家97人がアカデミー生として参加。PMF芸術監督で指揮者のヴァレリー・ゲルギエフ、同首席指揮者の準・メルクルら国際的に活躍する音楽家の指導の下、多様なプログラムに取り組み、研さんを積んだ。その総決算となるPMFガラ・コンサート(7月29日、札幌コンサートホール・キタラ)とピクニック・コンサート(30日、札幌芸術の森・野外ステージ)の模様を振り返る。(宮嶋 極)

 

PMF組織委員会提供
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 PMFではここ数年、前半にウィーン・フィルとベルリン・フィルの首席奏者たちが、後半は米国の名門オーケストラの腕利きメンバーがファカルティー(教授陣)として各パートの指導に当たるスタイルが定着している。札幌における総仕上げとなるガラ・コンサートでは、メトロポリタン歌劇場管弦楽団コンサートマスターのディヴィッド・チャンをはじめとするPMFアメリカの教授陣に加えて、ウィーン・フィル前第1コンサートマスターのライナー・キュッヒルもアカデミー生らと室内楽を演奏するなどの“実践指導”が行われた。ゲルギエフが指揮をした第2部のメインとなるシューベルトの交響曲第8番では、各パートのトップをPMFアメリカの教授陣が務め、彼らが全体を引っ張る形で高水準の演奏が繰り広げられた。

 筆者はPMFが創設されて以来、ほぼ毎年、取材に訪れているが全国の音楽ファンにはぜひとも、このガラ・コンサートを聴きに札幌を訪れてもらいたい、と考える。というのも同じプログラムによるコンサートが今年も東京文化会館大ホールとミューザ川崎シンフォニーホールでも開催されているが、教授陣が加わることで、さらにレベルアップした演奏が聴けるのはこのキタラでの公演だけだからである。(もちろんアカデミー生たちのみによる若い情熱にあふれた演奏も魅力的ではあるが…)

 シューベルトでは各パートのトップに米国名門オーケストラの猛者たちが座ることで、ゲルギエフの棒に対する反応がより機敏となり全体のアンサンブルはグッと引き締まる。シカゴ響やロサンゼルス・フィルなどの腕利きプレイヤーが披露する木管各パートのソロはやはり聴く者を強く引きつける技術と音楽性があり、ホルンをはじめとするブラス陣の美しい音色と抜群の安定感は目を見張るものがあった。そんな教授陣の名人芸に引っ張られてアカデミー生たちも本来の実力を超えるパフォーマンスで、全体としてはプロのオーケストラを凌駕(りょうが)するかのような聴きごたえ満点の演奏に仕上がっていた。

 それにしてもゲルギエフの求心力はすさまじいものがある。手を震わすような分かりにくい指揮ぶりながら、約90人のオーケストラのメンバーを一瞬にして彼の目指すダイナミックな音世界の構築へとリードしていく。ゲルギエフから発散される独特のオーラは、メンバーたちに高い集中力と高揚感をもたらすようである。こうしたオーラに触れること自体が、アカデミー生たちにとってまたとない経験となったことは間違いないはずだ。

 なお、東京、川崎の公演では弦楽器の編成が第1ヴァイオリン15人、第2が13人、ヴィオラ11人、チェロ9人、コントラバス7人という変則的な数になっていたことが一部で話題になっていたが、札幌ではここに教授陣が加わったため標準の16型編成になっていたことも付け加えておきたい。

PMF組織委員会提供
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 第2部前半、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番でソロを務めたダニエル・ロザコヴィッチはスウェーデン出身、今年16歳の新鋭ヴァイオリニストである。今回、ゲルギエフの推薦などによりPMFにソリストとして初登場した。これまでゲルギエフとマリインスキー劇場管弦楽団とはもとより、ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルやレナード・スラットキン指揮リヨン国立管などの名指揮者、名門オーケストラと共演を重ねるなど、その高い実力に世界中から熱い視線が注がれる新星である。豊かな音量と伸びのある美しい音色を駆使してオーケストラと堂々と渡り合い、自分の音楽を主張しようとの積極的姿勢は驚くべきもので、目を閉じて聴くと16歳とは思えないほどの密度の濃い演奏を聴かせてくれた。

 一方、ガラ・コンサート第1部ではPMFの恒例となっているソプラノ歌手の天羽明惠の司会で、キュッヒルら教授陣も参加しての室内楽やPMFヴォーカル・アカデミー生によるオペラの名アリアなどの多彩なプログラムで満員の聴衆を楽しませた。第1部の終わりには、こちらも恒例のホルストの組曲「惑星」から“木星”の旋律をベースに田中カレンが編曲した「PMF賛歌~ジュピター」を聴衆も加わって大合唱。聴衆も世界のトップ指揮者のひとりであるゲルギエフのタクトで歌える貴重な機会とあって、ひとりひとりが大きな声を上げてステージと客席が一体となった盛り上がりを作り上げていた。

 

PMF組織委員会提供
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 翌30日には札幌市郊外にある札幌芸術の森・野外ステージでピクニック・コンサートが開催された。これもPMF名物のひとつ。北の大地の高原のさわやかな夏空の下、音楽にジックリ耳を傾けたい人はステージ近くのいす席に、そして芝生席ではシートを敷いて弁当やおやつを食べながらリラックスして楽しむ家族連れの姿も目立つ。皆が思い思いのスタイルで音楽を聴く、実によい光景である。このコンサートの雰囲気、筆者は大好きである。

 プログラムは前日のガラ・コンサートの曲目に加えて、市内の高校生によるブラス・バンドの演奏や打楽器アンサンブルなどバラエティーに富んだプログラムが組まれ、芝生席まで埋め尽くした観客・聴衆を魅了していた。

 なお、PMFは20世紀後半を代表する指揮者であり、ピアニスト、作曲家としても活躍したレナード・バーンスタインの提唱により、1990年に札幌をメイン会場に創設された国際教育音楽祭。第1回にはバーンスタイン自らが病身を押して札幌入りし、この音楽祭を根付かせるために若い音楽家を熱心に指導するなどした。バーンスタインは帰国後の同年11月に死去したが、その遺志はゲルギエフら歴代芸術監督や世界の第一線で活躍する指揮者、演奏家によって受け継がれ、音楽祭は今日まで続けられている。ただ、近年の経済情勢の影響でスポンサーからの支援が減少。それに伴って音楽祭会期の短縮やアカデミー生の定員削減を余儀なくされるなど残念な状況に直面している。これまでのアカデミー生の中には、海外の一流オーケストラなど第一線で活躍しているメンバーも複数いるなど、バーンスタインの理想は確実に花を咲かせ、実を結んでいる。PMFだけに限ったことではないが、こうした文化に的を絞った国際交流や教育活動を一層盛んにしていくことは、地域や国にとってもさまざまな面でプラス効果を生むことは間違いないはずだ。来年はバーンスタインの生誕100年のメモリアル・イヤー。全国の企業が文化による国際交流の重要性を再認識し、PMFをはじめ全国の音楽祭などへの支援を拡充、あるいは減らさないよう強く望むのは筆者だけではないだろう。また、主催者の側も催しや企画の一層の充実はもちろんのこと、それを日本全国、そして世界に積極的に発信し、アピールしていく努力も不可欠である。こうした努力の結果、来年のPMFがメモリアル・イヤーにふさわしい一層の盛り上がりを見せることを期待したい。

 

PMF組織委員会提供
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公演データ

【PMFガラ・コンサート】

7月29日(土)15:00 札幌コンサートホールKitara

指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ/ダニエル・マツカワ

ソプラノ&司会:天羽明惠

ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル(第1部)/ダニエル・ロザコヴィッチ(第2部)

ピアノ:岩渕慶子/佐久間晃子

声楽:PMFヴォーカル・アカデミー

合唱:札幌大谷大学芸術学部音楽学科合唱団

管弦楽:PMFアメリカ/PMFオーケストラ

 

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◎第1部

ファンファーレ

モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ K.165(158a) から

モーツァルト:弦楽五重奏曲第5番ニ長調 K.593から

ベッリーニ:歌劇「清教徒」から“ああ、永遠にお前を失ってしまった”

プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」から“あなたの愛の呼ぶ声に”

プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」から“お聞きください、王子様”

ヴェルディ:歌劇「マクベス」から“あわれみも、誉れも、愛も”

ホルスト(編曲:田中カレン/作詞:井上頌一):PMF賛歌「ジュピター」

◎第2部

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(ドレスデン版)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番ト短調Op.26

シューベルト:交響曲 第8番ハ長調 D. 944「ザ・グレイト」

  

【PMFピクニック・コンサート~レナード・バーンスタイン・メモリアル・コンサート】

7月30日(日)12:00 札幌芸術の森野外スタージ

指揮:ヴァレリー・ゲルギエフ/ダニエル・マツカワ

ソプラノ&司会:天羽明惠

ヴァイオリン:ライナー・キュッヒル(第1部)/ダニエル・ロザコヴィッチ(第2部)

ピアノ:岩渕慶子/佐久間晃子

吹奏楽:北海道札幌国際情報高等学校吹奏楽部

声楽:PMFヴォーカル・アカデミー

合唱:札幌大谷大学芸術学部音楽学科合唱団

管弦楽:PMFアメリカ/PMFオーケストラ

SITバンド 夏のダンプレコレクション

パーカッション・アンサンブル

 

ストラヴィンスキー:「兵士の物語」組曲

コープランド:バレエ組曲「アパラチアの春」(13楽器編成版)

モーツァルト:オーボエ四重奏曲ヘ長調K.370

モーツァルト:弦楽五重奏曲 第5番ニ長調K.593から第4楽章

モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ K.165(158a) から

エワイゼン:バラード、パストラーレとダンス から

ヴォーカル・アカデミーによるオペラ・アリアと二重唱 ほか

ホルスト(編曲:田中カレン/作詞:井上頌一):PMF賛歌「ジュピター」

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲(ドレスデン版)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番ト短調Op.26

シューベルト:交響曲 第8番ハ長調 D. 944「ザ・グレイト」

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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