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知覧飛行場跡(鹿児島県南九州市) 平和願った特攻の征途

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展示されている特攻隊員の遺影=鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館で、玉木達也撮影
展示されている特攻隊員の遺影=鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館で、玉木達也撮影

 太平洋戦争の末期、陸軍の特攻基地となった知覧飛行場(鹿児島県南九州市)。その跡地には、特攻隊員の遺影や遺品、貴重な資料を保存している「知覧特攻平和会館」のほか、戦争遺跡が数多く残る。15日で戦後72年を迎えた日本。戦争の記憶がますます遠くなる中、特攻隊の悲劇を今に伝える現地を訪ねた。

 平和会館によると、知覧飛行場は開戦直後の1941(昭和16)年12月24日、福岡県にあった大刀洗陸軍飛行学校の分教所として設けられた。当初は飛行兵が訓練する場だった。それが戦況の悪化に伴い、44年夏ごろから滑走路の延長工事を始め、実戦部隊も使用できる飛行場に変わっていった。45年3月26日から沖縄戦が始まると、本土最南端の飛行場として、旧満州(現中国東北部)や朝鮮半島、日本各地で編成された特攻隊の出撃基地となった。

 平和会館には特攻隊員の遺書が展示されている。18歳だった宇佐美輝夫少尉(戦死後の階級)の遺書は母への思いがあふれていた。

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