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/11 福知山城 福知山市 光秀支配、伝える転用石 /京都

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福知山城の大天守閣の石垣に多用されている転用石=京都府福知山市で、礒野健一撮影
福知山城の大天守閣の石垣に多用されている転用石=京都府福知山市で、礒野健一撮影

 福知山市役所の東、市内を一望する丘の上に福知山城は建つ。天守閣は1986年に復元されたものだが、石垣は築城当時の様子を色濃く残す。

 16世紀前半に丹波の豪族・塩見氏によって築かれた横山城を落とした明智光秀が、1579年ごろ、同地に近世城郭として新たに築城し、名も福知山と改めた。82年の本能寺の変の後、87年から豊臣秀吉の重臣の小野木重勝が治めたが、関ケ原の戦いで西軍について敗れると有馬氏が入った。その後短期間に岡部氏、稲葉氏、松平氏と城主は変わり、1669年に朽木氏が入ると、明治維新まで13代約200年間、福知山の領主となった。

 天守台の石垣には面白い特徴がある。刻まれた銘まではっきりとわかる宝篋印塔(ほうきょういんとう)や五輪の塔などの「転用石」が多用されているのだ。築城当時、光秀が支配に反抗的な寺社を打ち壊し利用したという。天守閣復元時の調査では他に石仏や石臼、灯籠(とうろう)など500個以上の転用石が発掘され、一部が本丸に並べられている。

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