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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 上原善広 『路地の子』

路地は永遠に故郷でありアイデンティティーでもある

◆『路地の子』上原善広・著(新潮社/税別1400円)

 路地をテーマに著書を発表してきた。「親父(おやじ)のことは、いずれ書かなければいけないと思っていた」と語る。

「社会の底辺から這(は)い上がった男を書くことで、昭和史のダイナミズムが描けると思いました。敗戦、高度経済成長、バブルの崩壊、その奔流のなかに同和利権もあります。同和対策事業の一部が利権化した問題は、ハンナン事件のように立件されたものもあるし、ジャーナリズムの分野から告発されてきたこともある。僕はそれらを評価しつつ、限界も感じています」

 なぜなら、同和利権についてはいまだ行政側の責任にまで踏み込めていないから。そのため、一般的な汚職と異なり、路地に特有のスキャンダルという印象をもたれたままなのが歯がゆい。

「この問題、この差別の構造を、新しい視点から見てもらうために、この本を書きました」

 昭和39(1964)年の大阪、「コッテ牛」の異名をとる血気盛んな上原龍造が、食肉業で財を成す一代記。「金さえあれば差別なんかされへん」を身上に、部落解放同盟と距離をとり、ときに右翼や暴力団や政治家と渡り合い、生き抜いていく。龍造を追えば、青春劇の爽快さがある。周囲の人びとに目を向けると、路地の複雑な生活史がある。その背景に、時代が激しくうねっている。「暗い作品にしたくなかった」と、上原さんはくり返した。

「土着の狭い地域の話ですから、読者に閉塞(へいそく)感を与えないよう、躍動的なリズムを工夫しました。梁石日(ヤン・ソギル)さんの『血と骨』を引き合いに、本作を褒めてくれた人がいたんです。僕はまだ及びませんが、在日文学のムーブメントがあったように、路地文学もエンターテインメントとして面白く読んでもらうことができると考えています」

 路地出身者たちは日本の文化を根底から支えてきて、ひと昔前まではその歴史が振り返られていた。たとえば、映画「用心棒」には番太の半助が出てくる。

「あの卑屈で調子のよい人物造形は、黒澤明がリアリズムを追求した結果です。しかし現在のドラマや映画には番太がいない。下層民の跡が消されていると感じます。僕は風穴を開けたい」

 上原さんは、写真家・本橋成一氏が40年前に大阪・松原の屠場(とば)を撮った写真のなかに偶然、父の後ろ姿を見つけた。それが本書の表紙になっている。

「本橋さんが父を撮ってくれていた。そのことに助けられました。僕は父を憎んできて、でも書くために和解して、話をじっくり聞くなかで尊敬の感情も芽生えてきた。一人で書いていると、父と僕のストーリーをなぞってしまう感じがしたんです。写真が客観性を与えてくれました」

 上原さんにとって路地とは?「故郷です」と即答された。

「僕は東京にいるし、もう実家もない。だけどあえて本籍を移さずにいます。僕が生まれた証拠だと思って、路地に拠(よ)って立っているんです」

 路地の子らが故郷に誇りをもてば、路地は路地でなくなっていく--逆説的な希望が末尾にしたためられた。「やはり水平社宣言に帰っていくんです」。人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ。激烈な名文をいまふたたび思い返す。

(構成・五所純子)

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上原善広(うえはら・よしひろ)

 1973年、大阪府生まれ。大阪体育大卒業後、ノンフィクション作家となる。『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。著書に『異邦人 世界の辺境を旅する』『被差別の食卓』『被差別のグルメ』など

<サンデー毎日 2017年9月3日号より>

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