小山田古墳

石室の入り口を発見 橿考研、あす現地説明会 「石舞台に匹敵する可能性」 /奈良

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羨門付近を真上から見た写真(説明付き)=奈良県立橿原考古学研究所提供
羨門付近を真上から見た写真(説明付き)=奈良県立橿原考古学研究所提供

 1辺が約70メートルと飛鳥時代(7世紀)最大級の方墳とされる明日香村の小山田古墳で、横穴式石室の入り口(羨門(せんもん))が見つかったと県立橿原考古学研究所(橿考研)が24日、発表した。石室通路(羨道)の幅は約2・6メートル、長さは少なくとも8・7メートルとなり、同時代最大級とされる村内の石舞台古墳の石室(羨門の幅約2・6メートル、羨道の長さ約11・7メートル)に匹敵する可能性があるという。橿考研は「石室の位置や墳丘の範囲を考える上で重要な成果」としている。【矢追健介】

 小山田古墳は墳丘斜面に板石を階段状に積む特異な構造を持ち、巨大な石溝が巡ると推測されている。石室の通路(羨道)は古墳の南側中央から中心へ延びる。今回の発掘は7月に開始し、羨道の壁となる2メートル前後の巨石が抜き取られたと考えられる穴が、羨道の両側に4個ずつ見つかった。南側に巨石痕がないため、橿考研は付近に羨門があったと判断。昨年度の調査と合わせて確認できる羨道の長さは8・7メートルとなり、さらに…

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