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大和森林物語

/6 土倉庄三郎の死 事績を後世に磨崖碑刻む /奈良

土倉屋敷前、吉野川対岸の断崖にある「土倉翁造林頌徳記念」の磨崖碑=田中淳夫さん提供

 1917年7月19日、土倉庄三郎(どぐらしょうざぶろう)は永眠する。髄性肝臓ガンだった。享年77歳。

 庄三郎の晩年は、必ずしも恵まれていたとは言えない。家督を譲った長男鶴松が、無謀な事業に投資して土倉家の力の源泉であった山林を大方失ったのだ。次男龍治郎が台湾で展開していた事業も、その穴埋めのため処分せざるを得なかった。

 零落したとはいえ庄三郎は、地方の名士としての顔は保った。各地の寺院の山林を巡る紛争を仲裁したり、生駒トンネル崩落事故で経営危機に陥った大阪電気軌道(現・近畿日本鉄道)の株を買い支えたりしている。また、吉野林業の視察者を受け入れ山を案内した。その数、30年余りで10万人を超えたという。

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