広島原爆

「背中のガラス、抜いてくれ」惨状語り反戦訴え

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自ら描いた原爆の絵を背景に体験を語る広中正樹さん=広島県福山市鞆町鞆の鞆の津ミュージアムで、松井勇人撮影
自ら描いた原爆の絵を背景に体験を語る広中正樹さん=広島県福山市鞆町鞆の鞆の津ミュージアムで、松井勇人撮影

 焼けただれた父の背中には無数のガラスが刺さっていた。「正樹、抜いてくれ」。5歳の私は素手で、ペンチで懸命に抜こうとしたが、抜けなかった--。2年前解散した広島県福山市原爆被害者の会で会長を務めた広中正樹さん(77)=福山市手城町2=の講演会が先月、同市鞆町鞆、鞆の津ミュージアムで開かれた。広中さんは「今にも戦争が起きそうなことが言われているが、戦争は互いにみじめな思いをする。絶対になくさないといけない」と訴えた。【松井勇人】

 広中さんは5歳の時、爆心地から約3.5キロの広島市己斐(こい)町(現・西区)にある自宅近くを流れる小川で遊んでいて被爆した。

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