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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『プレヴェール詩集』『潔白』ほか

今週の新刊

◆『プレヴェール詩集』ジャック・プレヴェール/著、小笠原豊樹/翻訳(岩波文庫/税別840円)

 これは事件です。駒込の書店「BOOKS青いカバ」は、小笠原豊樹訳『プレヴェール詩集』を100冊仕入れ、すぐに半分を売り切った。元の書肆(しょし)ユリイカ版は1956年刊。マガジンハウスの再刊版も品切れ、古書価は沸騰していた。

 シャンソン「枯葉」の作詞、映画「天井桟敷の人々」の脚本でも知られるフランスの詩人。邦訳は数種あるも、そのエスプリとユーモアを伝えるのは、何といってもこの訳。谷川俊太郎は、「小笠原豊樹さんの訳になる、『プレヴェール詩集』は僕の座右の書です」と明言しているほどだ。

 恋人たちのやりとりやパリの風景を、優しい言葉で語りかけるように詩に謳(うた)った。「われらの父よ」の冒頭「天にましますわれらの父よ/天にとどまりたまえ/われらは地上にのこります/地上はときどきうつくしい」を、私は手帳の扉に書き付けている。

 反戦も恋もメルヘンも、同じ口調で語る魔法の詩人。秋の公園のベンチに腰掛けて読もう。

◆『潔白』青木俊・著(幻冬舎/税別1500円)

 冤罪(えんざい)であっても、死刑確定後に再審で覆すのは難しい。まれな例として2014年の「袴田(はかまだ)事件」がある。死刑執行停止および再審の判決がなされたが、釈放された袴田氏は78歳になっていた。

 青木俊『潔白』は、冤罪の悲劇を、ミステリーの体裁で克明に描く。30年前に小樽で起きた母娘の殺人。容疑者は死刑判決を受け、異例の早さで執行された。裁判を傍聴した娘・ひかりは、父親の無実を確信し、粘り強い再調査で再審請求を勝ち取るため邁進(まいしん)する。

 しかし、孤立無援のひかりを冷たく阻むべく、検察、警視庁、そしてついに最高裁が乗り出した。証拠の隠滅、報道の規制と国家ぐるみで、真実を握りつぶそうとする。小説とは思えぬリアリティーに、読者は身がすくむ思いでページをめくり続けるだろう。

 国家が、無実の人間より司法の威信を守ろうとする絶体絶命に「この国は、父を二度も殺したわ」とひかりが言う。予想もしなかった結末が最後に待っている。

◆『銀翼のアルチザン』長島芳明・著(角川書店/税別1600円)

 「中島飛行機」といえば、第二次大戦中、東洋一を誇る戦闘機の製造メーカーで、「SUBARU」の前身でもある。長島芳明『銀翼のアルチザン』は、昭和初期に入社、技師長として名機の設計を続けた小山悌(やすし)の物語。「隼(はやぶさ)」も「疾風(はやて)」も彼の手による戦闘機。黙して語らず死去したため、素顔も謎だったが、本書で初めて生涯が明らかに。アメリカ本土を急襲する幻の「富嶽計画」、英米ソを震え上がらせた小山エンジンの高い性能など、優れた技術力は「安全神話」の源流でもあった。

◆『台所重宝記』村井弦斎・著(中公文庫/税別740円)

 和洋中を網羅する「食」をテーマにした小説、村井弦斎の『食道楽』は、明治期に大ベストセラーとなった。『台所重宝記』は、そのエッセンスをテーマ別に32章に分類、「妻君」と「下女」の対話形式でつづる異色読み物。娘の村井米子が編訳することでさらに読みやすくなった。米の良しあしの見分け方に始まり、糠味噌(ぬかみそ)のつけ方、醤油のカビ防止法、牛乳、野菜、麺類、肉、卵の料理法と、台所世界を網羅する。干瓢(かんぴょう)は塩で揉(も)み、ゆすいでからゆでると軟らかくなると、今に生きる知恵。

◆『笑福亭鶴瓶論』戸部田誠・著(新潮新書/税別820円)

 この人の顔を見ない日はない。町を歩けば、たちまち旧知の友人のように人が群がる国民的芸人。戸部田誠が『笑福亭鶴瓶論』で、その人気の秘密と人生哲学を、各種エピソードとともに論じる。「人見知りしない。時間見知りしない。場所見知りしない。そこに対していかに助平であるか」と当人が語る「スケベ」こそが、鶴瓶を鶴瓶たらしめると著者は見る。相手に緊張させず、懐に飛び込み、本音を開陳させる技術は天下一品。幅広い交遊関係も含め、人づきあいの指南書でもある。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年10月1日号より>

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