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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 宮田昇 『昭和の翻訳出版事件簿』

さまざまなケースを体験しトラブルから学んでいった

◆『昭和の翻訳出版事件簿』宮田昇・著(創元社/税別2400円)

 宮田昇さんは、1955年にチャールズ・E・タトル商会で翻訳エージェントとしての仕事をはじめた。海外の出版物を日本で翻訳出版する仲介を行う仕事だ。のちに日本ユニ・エージェンシーの代表となり、著作権コンサルタントとして活動。一方で『翻訳権の戦後史』などの著書も多い。本書は、終戦直後から70年も出版界に身を置いた宮田さんだから書ける、知られざるエピソードがたくさん入っている。

「『無断翻訳伝説』もそのひとつですね。戦前の出版社はベルヌ条約(1886年締結の著作権保護条約)を無視して勝手に翻訳していたという思い込みがあった。でも彼らは、翻訳権十年留保という規定に基づいて、許諾を得るべきものはきちんと契約していたのです。それを戦後の出版社が、翻訳権が消滅したと誤解してトラブルを起こしたのです」

 翻訳権十年留保とは、原書の発行から10年以内に翻訳出版されなければ、翻訳権は消滅して自由に発行できるというもの。しかし、海外の著者や出版社のなかにはこの規定を知らない人もおり、勝手に翻訳されたとクレームを付けられたこともあった。

「昭和7年には、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の翻訳をめぐって、岩波書店と第一書房との争いがあった。ジョイスも翻訳権の侵害として抗議してくるのですが、内外ともに十年留保の解釈が不十分だったのです。戦後になると、戦勝国である連合国の著作物の保護期間が加算されたので、さらにややこしくなる。当時は翻訳権の教科書もなく、実際に個々のケースで体験していくしかなかった。いわば、トラブルから学ぶことが多かったですね」

 このほか、GHQの占領下で翻訳出版の権利を得るための競争入札が行われたこと(このとき、創元社でカミュ『ペスト』の契約に関わったのが、のちの作家・隆慶一郎だった)、『シートン動物記』や『クマのプーさん』などの児童書は、本文とイラストの保護期間が異なるため、難しい問題を抱えていたことなど、出版関係者でも驚く興味深い話が出てくる。

「出版業界の人間は、ほかの業界からどう見られているか知らないんですよね。私は編集者としての意識がいまだに強いですが、翻訳ビジネスの世界に関わるようになって、出版界の閉鎖性を知るようになったんです」

 しかし、電子書籍が登場したいま、翻訳権にも大きな変化が訪れていると宮田さんは言う。

「電子出版において翻訳権十年留保が適用されるか否かは、まだ結論が出ていません。適用されるとして、権利者の許可を得ないでネットで公開している業者がいる一方で、十年留保に関係なく翻訳と電子出版の両方の権利を取得した出版社もあり、答えを出す必要があります」

 89歳になった宮田さんはパソコンで電子書籍を読み、情報を収集している。「きっと好奇心が強いんでしょうね。新しいものに接するのは面白いですよ」

 硬い内容の本は電子書籍、小説は文庫で読む。国内作家のものばかりで翻訳は読まない。「仕事でさんざん付き合ったからね(笑)」

(構成・南陀楼綾繁)

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宮田昇(みやた・のぼる)

 1928年、東京生まれ。早川書房を経て、チャールズ・E・タトル商会で勤務する傍ら児童書の執筆・翻訳を手がける。のちに日本ユニ・エージェンシーを創業。翻訳権の実務・歴史に関する第一人者。著書に『新編戦後翻訳風雲録』など

<サンデー毎日 2017年10月1日号より>

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