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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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読み替え演出の難しさ~2017バイロイト音楽祭リポート②「パルジファル」

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「パルジファル」第2幕花の乙女の場面 設定はイスラム教のモスク(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
「パルジファル」第2幕花の乙女の場面 設定はイスラム教のモスク(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 2017年バイロイト・リポートの第2回は今年の同音楽祭(7月25日~8月28日)で再演された「パルジファル」(ハルトムート・ヘンヒェン指揮、ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出)、「トリスタンとイゾルデ」(クリスティアン・ティーレマン指揮、カタリーナ・ワーグナー演出)のステージについて振り返ります。(宮嶋 極)

【バイロイト音楽祭2017 舞台神聖祝典劇「パルジファル」再演】

 取材したのは8月21日の公演。昨年、新制作されたウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出の「バルジファル」。時代と場所を現代の中東に移し、イスラム過激派などによるテロの背景となっているイスラム教とキリスト教の宗教対立と、その和解の必要性を説くという内容の読み替えが施されたプロダクションである。昨年は演出家のメッセージがある程度伝わってきたが、1年たってみるとそれがかなり薄らいでしまったように感じたのは筆者だけであろうか。言い換えると現代のリアルな政治・社会問題をオペラの読み替え演出のテーマとすることの限界や難しさがみえたのである。

アムフォルタスはキリスト受難の姿に(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
アムフォルタスはキリスト受難の姿に(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 世界各地におけるテロの脅威は相変わらずの状況ではあるが、1年たつとイスラム過激派集団「IS(イスラミック・ステート)」のイラクやシリアにおける勢力の衰退など中東情勢は大きく変化。さらに米国のトランプ政権誕生、北朝鮮の核・ミサイル開発による急激な緊張の高まりなど、世界情勢は刻々動いている。読み替えの背景となっている事態そのものが、変わりつつある中で初演時は時宜にかなったテーマであったとしても、1年後の今年、色あせて見えてしまうのは仕方のないことであろう。

 ひとつのプロダクションが基本的には5年間(それ以上の場合もある)上演され続けるバイロイトにおいて、現在進行形の政治・社会問題について読み替え演出を通して考えることにどれほどの必然性があるのだろうか。もちろんオペラの読み替え演出に政治的なテーマ設定を行うことを否定するつもりは毛頭ないが、短期間に“賞味期限”を迎えるような内容ではなく、もう少し普遍性のあるテーマが求められるのではないか、と2年目の“中東パルジファル”を取材して強く感じた。

クンドリを演じるパンクラトヴァ(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
クンドリを演じるパンクラトヴァ(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 一方、音楽面は2年目とあって全体の一体感が強くなっていたように感じた。特に昨年は開幕直前に指揮者のアンドリス・ネルソンスが降板。ベテランのハルトムート・ヘンヒェンが急きょピンチヒッターを務めて急場をしのいだという経緯があったため、彼によるオーソドックスで堅実なアプローチによって上演全体がうまくまとまったこともあり、好感をもって迎えられていた。今年もその方向性は変わらず、テンポ設定は終始中庸を保ちながら舞台上の歌手との連携はより自然な流れになっていた。開幕直前に登板が決まった“緊急リリーフ”の昨年はこれでいいのであろうが、最初から指揮者に決まっていた今年はもう少しヘンヒェンの個性を感じさせる音楽を聴きたかったというのは、少し欲張りすぎであろうか。それとも個性を感じさせないことが彼の個性なのであろうか。

パルジファルを演じるシャーガー(C)Bayreuther Festspiele 拡大
パルジファルを演じるシャーガー(C)Bayreuther Festspiele

 歌手についても触れておこう。昨年、筆者が取材した回は題名役をクラウス・フロリアン・フォークトが演じたが、今年は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のヴァルターを歌ったためアンドレアス・シャーガーに交代(昨年もフォークトの体調不良により一部公演はシャーガーが代役として出演)。シャーガーはフォークトに比べると繊細さには欠けるものの、太く強い声が際立っており、時に米軍の特殊部隊の衣装で登場することもある、この演出にはマッチしているように思えた。例えば第2幕後半のクンドリとのやり取りからクリングゾルとの対決に至る場面における力強い表現は、多くの観客・聴衆の耳目を引きつけるものがあった。実際、終演後のシャーガーに向けられた喝采も盛大であった。

ツェッペンフェルト演じるグルネマンツ(左)とパルジファル(シャーガー)(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
ツェッペンフェルト演じるグルネマンツ(左)とパルジファル(シャーガー)(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 昨年に続いてグルネマンツを演じたゲオルク・ツェッペンフェルトは今年も同役に加えて「ワルキューレ」のフンディング、「マイスタージンガー」の夜警と3役を兼任する活躍ぶりを見せた(昨年は夜警の代わりに「トリスタンとイゾルデ」のマルケ王であった!)。バイロイトの舞台に立ちたい歌手はあまたいるにもかかわらず、ひとりの歌手が重い役をいくつも兼任するのは異例のこと。彼の歌唱力、演技力が音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナー、音楽監督のティーレマン、そして各プロダクションの指揮者、演出家に高く評価されているからにほかならない。各役の歌い分け、演じ分けが巧みなのはもちろん、連日舞台に立ち続けることができる体力と、のどの耐久力も驚くべきものであった。

 

第2幕トリスタンとイゾルデの密会の場面(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
第2幕トリスタンとイゾルデの密会の場面(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

【バイロイト音楽祭2017 楽劇「トリスタンとイゾルデ」再演】

 今年で3年目を迎えた音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナー自身の演出、同音楽監督クリスティアン・ティーレマン指揮による「トリスタンとイゾルデ」。取材したのは8月20日の公演。

暗闇の中で進行する第3幕(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
暗闇の中で進行する第3幕(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
今年4月に来日し、筆者らの取材に応えたカタリーナ・ワーグナー 拡大
今年4月に来日し、筆者らの取材に応えたカタリーナ・ワーグナー

 第3幕、暗闇の中、トリスタンの独白に合わせてイゾルデの幻影が光の中にうっすら浮かび上がる幻想的なステージが話題を呼んだプロダクション。今年4月にカタリーナが来日した際、闇と光を対比させるこのステージのイメージは伯父であり、新バイロイト様式と呼ばれる光と闇を駆使した新しいスタイルの演出で戦後の同音楽祭を立て直したヴィーラント・ワーグナーの影響ではないか?と尋ねたところ彼女は「わが意を得たり」とばかりに目を輝かせ、「このシーンをイメージ通りに完成させるのに1週間をかけるほど苦労しました」と語り、父であるヴォルフガング前総裁への敬慕の念を強調した上で、「私の演出家としてのお手本はご指摘の通り伯父のヴィーラントです」と明かしてくれた。

 ちなみに2007年から11年まで上演されたカタリーナ演出の「マイスタージンガー」の第3幕後半、民衆が階段状の桟敷席に乗って登場するセットのイメージ、そして演出意図の裏側にある精神についても、1951年に同作品をヴィーラントが演出した際の精神、それを具現化するための装置がベースになっているのではないかと聞いてみたところ、これも「その通りです」と認め、「作品の本質にシンプルな手法で肉薄する伯父の手腕に憧憬(しょうけい)を抱いている」と語っていた。

光と闇を効果的に使ったステージ。写真は第2幕(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath
光と闇を効果的に使ったステージ。写真は第2幕(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 話を今年の「トリスタン」に戻そう。その第3幕、イゾルデの幻影が現れる位置やタイミングに細かな手直しが施されており、音楽との関わりが一層緊密になっていたように感じた。

 ティーレマンの音楽作りは、場面に応じて爆発的ともいえるほどの生命力と、重苦しく繊細な雰囲気を巧みに使い分けるなど、彼の卓越した手腕を示すものであった。第1幕、媚薬(びやく)をあおった後(この演出では飲まないのだが)から同幕の終わりまで、第2幕で密会場所にトリスタンが到着する場面、そして第3幕後半、イゾルデを乗せた船が近づいてくるシーンなどでティーレマンによる音楽が作り出す異様なまでの高揚感は、他の追随を許さぬ圧倒的なものであった。一方、第2幕終盤、トリスタンとイゾルデの不倫交際発覚後や、第3幕の前奏曲から昏睡(こんすい)状態のトリスタンが目を覚ますまでのシーンなどで醸成された暗く重苦しい空気感も実に見事であり、ドラマと音楽の一体化というワーグナーによる楽劇の概念を体現する音楽作りであった。

存在感を発揮したブランゲーネ役のマイヤー(左)(C)Bayreuther Festspiele
存在感を発揮したブランゲーネ役のマイヤー(左)(C)Bayreuther Festspiele

 トリスタン役のシュテファン・グールト、イゾルデのペトラ・ラング、クルヴェナールのイアン・パターソン、ブランゲーネのクリスタ・マイヤーの4役は昨年に続いての出演。とりわけ3年連続でブランゲーネを演じているマイヤーの存在感が抜群で、第2幕の「警告の場面」の歌唱の美しさも特筆すべきものがあった。

パーペ演じるマルケ王(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath 拡大
パーペ演じるマルケ王(C)Bayreuther Festspiele/Enrico Nawrath

 一方、マルケ王は昨年までのゲオルク・ツェッペンフェルトからルネ・パーペに交代。歌手が代わると役の雰囲気も随分と違ってくるものである。ツェッペンフェルトはどちらかといえば、演出意図に沿った邪悪な雰囲気を醸しだす役作りをしていたのに対し、パーペは従来のマルケ王のイメージに沿った寛大な心を持ちながらもトリスタンの“裏切り”に深く傷つく王の心情を掘り込み深く表現していた。暗く重いツェッペンフェルトの声に対して、パーペは深く柔らかい響き。両者ともに方向性は違っても歌唱・演技両面で徹底した役作りがなされており、どちらが良いかは観客・聴衆個々の好みの問題といえよう。

公演データ

【バイロイト音楽祭2017 舞台神聖祝典劇「パルジファル」再演】

7月27日、8月5日、14日、21日、25日 バイロイト祝祭劇場

指揮:ハルトムート・ヘンヒェン

演出:ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク

舞台:ギィスベルト・イェーケル

衣装:ジェシカ・カーゲェ

照明:ラインハルト・トラウブ

ビデオ:ゲラルト・ナツィリィ

ドラマトゥルギー:リヒャルト・ローバー

合唱指揮:エバハルト・フリードリヒ

 

アムフォルタス:ライアン・マッキニー

ティトゥレル:カール・ハインツ・レーナー

グルネマンツ:ゲオルク・ツェッペンフェルト

パルジファル:アンドレアス・シャーガー

クリングゾル:デレク・ウェルトン

クンドリ:エレーナ・パンクラトヴァ

第1の聖杯騎士:タンゼル・アクゼイベク

第2の聖杯騎士:ティモ・リホネン

第1の小姓:アレクサンドラ・シュタイナー

第2の小姓:マライケ・モール

第3の小姓:パウル・カウフマン

第4の小姓:シュテファン・ハイバッハ

ほか

合唱::バイロイト祝祭合唱団

管弦楽:バイロイト祝祭管弦楽団

 

【バイロイト音楽祭2017 楽劇「トリスタンとイゾルデ」再演】

7月26日、8月2日、6日、12日、16日 20日 バイロイト祝祭劇場

指揮:クリスティアン・ティーレマン

演出:カタリーナ・ワーグナー

舞台:フランク・フィリップ・シュレーシュマン

   マティアス・リッパート

衣装:トマス・カイザー

照明:ラインハルト・トラウブ

ドラマトゥルギー:ダニエル・ヴィーバー

 

トリスタン:シュテファン・グールト

イゾルデ:ペトラ・ラング

マルケ王:ルネ・パーペ

クルヴェナール:イアン・パターソン

メロート:ライムント・ノルト

ブランゲーネ:クリスタ・マイヤー

ほか

合唱::バイロイト祝祭合唱団

管弦楽:バイロイト祝祭管弦楽団

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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