1958年、日本シリーズ3連覇を果たした西鉄ライオンズは「野武士軍団」とも呼ばれた。グラウンド外での豪快なエピソードが元になっているが、本人たちは自著などでやんわりと否定することが多い。野放図なイメージは一級の「演出」だったのかもしれない。
確かに、毎年5月の福岡の市民祭り「博多どんたく」に参加するなど「騒ぎ好き」の面はあった。遠征時に列車の酒を飲み干したという話もある。大勢の若手を引き連れて酒席をはしごした故大下弘さんは野武士らしい選手の代表格だった。
ただし、当時の主力選手、高倉照幸さん(82)によれば列車の酒は「熱烈なファンが同乗して飲んだ」という。大下さんは早朝のランニングや素振りを欠かさなかった。そのあたりを知ってか知らでかマスコミが面白く書き立てたようだ。
この記事は有料記事です。
残り394文字(全文733文字)
毎時01分更新
3月で東日本大震災の発生から10年になる。仙台市出身のお笑…
新型コロナウイルスの感染拡大に収束の兆しが見えない中、今年…
新型コロナウイルスの急速な感染拡大で各地の病床が足りなくな…