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類いまれな統率力と音楽性~ペトレンコ指揮バイエルン州立歌劇場「タンホイザー」

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盛大な拍手とブラボーの歓声に応えるペトレンコ(C)Kiyonori Hasegawa
盛大な拍手とブラボーの歓声に応えるペトレンコ(C)Kiyonori Hasegawa

【バイエルン州立(国立)歌劇場日本公演 ワーグナー:歌劇「タンホイザー」】

 ドイツ・バイエルン州立(主催者表記は国立)歌劇場日本公演の初日(21日、NHKホール)、キリル・ペトレンコ指揮、ロメオ・カステルッチ演出によるワーグナーの歌劇「タンホイザー」のステージについて音楽面を中心に振り返る。(宮嶋 極)

 主役はやはり同歌劇場音楽総監督のペトレンコであった。終演後のカーテンコールでは、世界の第一線で活躍するスター歌手がそろう中、エリーザベト役のアンネッテ・ダッシュに導かれて彼がステージに登場すると客席からはどの出演者よりも盛大な拍手とブラボーの歓声が沸き起こった。日本のオペラファンに次代の音楽界を担うニュースターの存在を強烈に印象付けた瞬間だった。

 ワーグナー作品上演の総本山とされるバイロイト音楽祭での大成功(2013~15年)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の次期首席指揮者兼芸術監督への就任決定(15年)、そしてバイエルン州立歌劇場における充実のステージの数々。まさに勢いに乗る昇り竜のようなペトレンコには今、世界中から熱い視線が注がれている。そうした中での日本公演。去る17日には、東京文化会館でマーラーの交響曲第5番をメインに据えたオーケストラコンサートが行われ、説得力に満ちた熱演が話題を呼んでいる。とはいえ、彼を“次期帝王”とも呼ぶべきベルリン・フィルのポストに押し上げた最大の要因は何といってもワーグナーのオペラの指揮で発揮される類いまれな統率力と、卓越した音楽性であろう。この日の「タンホイザー」の公演こそ、そうした彼の実力ぶりが日本のオペラファンの前に初めて披露される機会であり、開演前から観客・聴衆の期待感がホール中に充満しているかのような雰囲気であった。

第1幕より(C)Kiyonori Hasegawa
第1幕より(C)Kiyonori Hasegawa

 期待に応えるかのようにペトレンコは、その手腕を存分に振るい見事な音楽作りを行ってみせた。序曲から第1幕冒頭(ヴェーヌスベルクの場面)にかけては初日とあってか、彼らしからぬ硬さや慎重さを感じさせるような箇所もあったが、上演が進むにつれてエンジンが温まってくるかのように、徐々に本来の力を出し始める。それはダイナミックさと繊細さの使い分け、そして観客・聴衆の心を躍らせるヤマ場の作り方の巧みさである。歌にきめ細やかに寄り添い、微細なニュアンスを丁寧に表現していく一方で、オーケストラが全開となる箇所では金管楽器にビーンと張った強音を要求し、弦楽器からは低音の効いた厚いハーモニーを引き出していく。音楽の運びは機敏でシャープ、物語の展開に合わせてテンポを変化させ、ステージ上の熱をどんどん高めていく。

第2幕より(C)Kiyonori Hasegawa
第2幕より(C)Kiyonori Hasegawa

 第2幕終盤、合唱を背景にした重唱のアンサンブルでは、各パートの音量バランス、テンポ変化のコントロールが細部にまで行き届いており、ペトレンコの棒によってステージ上とピットが一体となり大きな盛り上がりが築かれていくさまは圧巻のひと言に尽きた。

 第3幕前半は弱音を駆使してエリーザベトとヴォルフラムの心情をデリケートに描き出していった。最終盤の「巡礼の合唱」は各パートに細かく指示を出してハーモニーの色合いを絶妙にコントロールしながらフィナーレの盛り上がりを美しく構築していった。これぞオペラ指揮者というべき指揮ぶりであった。

第3幕より、タンホイザー(左)とヴォルフラム(C)Kiyonori Hasegawa
第3幕より、タンホイザー(左)とヴォルフラム(C)Kiyonori Hasegawa

 筆者がペトレンコの実演に接するのは今回が11度目なのだが、その指揮姿を直接見たのはこれが初めて。というのも残る10回は客席からオーケストラ・ピットの内部が見えないバイロイトにおける「リング」の公演だったからだ。その指揮姿は思いのほかしっかりと拍子を刻んでいたのが印象的であった。流れるような大きな身ぶりで繰り出される指示は客席から見ていても明快であり、こうした点もオペラ指揮者にはうってつけの資質といえよう。ただ、ペトレンコは2019/20のシーズンをもってバイエルンのポストを退任するため、同歌劇場との日本公演はこれが最初で最後となる。日本においては彼の指揮によるオーケストラコンサートは聴けても、フルステージによるオペラ公演を体験できるチャンスは希少になることは確実で、その意味でも今回の日本公演への注目度が高まる結果となった。

持ち前の透明感のある美声を響かせたフォークト(C)Kiyonori Hasegawa 拡大
持ち前の透明感のある美声を響かせたフォークト(C)Kiyonori Hasegawa

 歌手陣では題名役のクラウス・フロリアン・フォークトが好調で、持ち前の透明感のある美声がよく伸びて客席に届いていた。第3幕、タンホイザーがローマに赴き、教皇に罪の許しを願い出る顛末(てんまつ)を回想する、いわゆる「ローマ語り」の場面では自慢の美声を封印し、絞り出すようなダミ声でその苦衷を表すなど、これまでにないスタイルでの歌唱・役作りを披露していた。こうした点にもペトレンコの指示、ないしは影響があったのであろうか。

 エリーザベトを演じたダッシュは終始、小細工を排した素直な歌唱で純真な乙女を好演。第3幕、「エリーザベトの祈り」と呼ばれる場面では、しみじみと心に染みる歌を聴かせた。ヴォルフラムのマティアス・ゲルネは、柔らかな弱音を自在に操りながら親友タンホイザーとひそかに思いを寄せるエリーザベトに対する複雑な心情を繊細なタッチで浮き彫りにし、表現力の豊かさを大いにアピールしていた。ただ、「夕星の歌」などに注力し過ぎたのか、クライマックスではややスタミナ切れの様子であった。領主へルマンを演じたゲオルク・ツェッペンフェルトは、今、バイロイトで大活躍するワーグナー歌いだけに、安定した歌唱と演技で要所を締めて、公演の成功を下支えしていた。

 最後に演出について少しだけ触れておこう。今年5月にミュンヘンでプレミエされたロメオ・カステルッチによる新プロダクション。事前に紹介されていた映像などから受けた印象とは違って、全体としてはシンプルで美しいステージであった。良くも悪くも歌手にあまり動きを求めておらず、客席に正対して歌う場面が多いためペトレンコを中心に繰り広げられる素晴らしい音楽を堪能するにはうってつけの演出であった。物語の展開や登場人物の心情を象徴的に表すアイテムがいくつか登場するのであるが、この稿がアップされる時にはまだ、公演が続いていることもあり、ネタばらしを避ける意味からも演出の詳細については触れずにおこう。なお、「タンホイザー」は25日、28日にも同じくNHKホールで上演される。

「タンホイザー」終演後のカーテンコール(C)Kiyonori Hasegawa
「タンホイザー」終演後のカーテンコール(C)Kiyonori Hasegawa

公演データ

【バイエルン州立(国立)歌劇場日本公演 ワーグナー:歌劇「タンホイザー」全3幕ドイツ語上演日本語字幕付き】

9月21日(木)15:00/25日(月)15:00/28日(木)15:00 NHKホール

指揮:キリル・ペトレンコ

演出・美術・衣装・照明:ロメオ・カステルッチ

演出補:シルヴィア・コスタ

ドラマトゥルギー:ピエルサドラ・ディ・マッテオ マルテ・クラスティンク

振付:シンディー・ヴァン・アッカー

映像:マルコ・ジュスティ

合唱指揮:ゼーレン・エックホフ

 

領主ヘルマン:ゲオルク・ツェッペンフェルト

タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ:マティアス・ゲルネ

ヴァルター・フォン・フォーゲルヴァイデ:ディーン・パワー

ビテロルフ:ペーター・ロベルト

ハインリヒ・デア・シュライバー:ウルリヒ・レス

ラインマル・フォン・ツヴェーター:ラルフ・ルーカス

エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ

ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ

羊飼い(声):エルザ・ベノワ

羊飼い(少年):カレ・フォークト

4人の小姓:テルツ少年合唱団

 

合唱:バイエルン州立歌劇場合唱団

管弦楽:バイエルン州立歌劇場管弦楽団

 

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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