メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『この世の春』『あのころのパラオをさがして』ほか

今週の新刊

◆『この世の春』宮部みゆき・著(新潮社/上下各税別1600円)

 宮部みゆき作家生活30周年を記念した時代長編が『この世の春』。ミステリー、時代小説、ファンタジーと広範な分野で話題作を連発し、当代一の大きな作家になった。拙作や外れのないことが一流を裏付けてもいる。

 六代将軍家宣治世下の北関東の小藩で政変が起き、美貌の若き藩主・重興(しげおき)が隠居の身に。乱心の噂があった。ある夜、長尾村で父を世話して暮らす多紀の家を、子連れの女性が助けを求めて訪ねてきた。これがすべての始まりだ。

 父の死後、元江戸家老が差配する施療所「五香苑」に身を寄せた多紀は、重興が幽閉された牢から、女と子どもの不思議な声を聞くようになった。「御霊繰(みたまくり)」と呼ばれる霊魂の存在、16年前の凶事の謎解きと、美貌のヒロインを天地の変異が揺るがす。

 いつもの如(ごと)く、仕掛けが大きく、しかも細工は流々。巧みに人物を出し入れして読者を別世界へ誘う、宮部世界はちょうどいい湯だ。読者よ、安心して浸りたまえ。

◆『あのころのパラオをさがして』寺尾紗穂・著(集英社/税別1700円)

 大正期には南洋庁が置かれ、パラオは太平洋戦争終結まで、長く日本統治下にあった。その爪跡が、言葉や音楽、施設、人々の記憶にまだ残る。

 パラオに生きる日本を訪ねて、寺尾紗穂が現地に取材、多くの証言を得て『あのころのパラオをさがして』に結実させた。文部省の役人として赴任した中島敦は、「南洋通信」ほか、数々の作品を書いた。著者は中島が見たものの先を、見つめ直そうとする。

 日本軍による島民虐殺を阻止した森川大尉、規則を犯して島民を治療した軍医に恋をしたかつての少女は、「戦争はヒューマニティーの対極ですからね」と言う。この地に根付いた土方久功(ひじかたひさかつ)など、想像以上に日本との結びつきは濃い。

 著者は大局に立たず、小さな事実、肉声や表情から、複雑な歴史に生きた人々の過去と現在を浮かび上がらせる。日本人観光客が大挙して押しかけながら、その歴史を見過ごしてしまうパラオ。我々は、それを重く受け止めねばならない。

◆『オオカミたちの本当の生活』ギュンター・ブロッホ/著、ジョン・E・マリオット/写真(エクスナレッジ/税別2800円)

 至近からの凝視に始まって、オオカミの多様な姿をこれだけ多く目にできることに、まずは驚く。ギュンター・ブロッホ著、ジョン・E・マリオット写真による『オオカミたちの本当の生活』(喜多直子訳)は、カナディアン・ロッキーで暮らすオオカミ一家を、30年にわたる粘り強い実地観察で、写真と文章に収めた。最新の知見を背景に、行動と生態が写し取られていく。拡大する観光産業と乱開発が、彼らが保持してきたなわばりを崩壊させたことも、同時に指摘されている。

◆『HOSONO百景』中矢俊一郎編、細野晴臣・著(河出文庫/税別750円)

 中矢俊一郎編、細野晴臣『HOSONO百景』は、レコーディングやツアーで訪れた世界の街、島の記憶を語る。鈴木茂が入る前のはっぴいえんどのメンバーで、バンドのイメージを固めるため車で岩手からあてどなく寄り道しつつ南下した、なんて話が面白い。車の中で寝たこともあるという。東京もロンドンも、かつての輝きを失ったと細野は感じている。いつも何かを求めてさまよい、音楽にしてきた人らしい感性が、全編に息づいている。どのページにも、細野晴臣がいる。そんな一冊だ。

◆『むのたけじ 笑う101歳』河邑厚徳・著(平凡社新書/税別780円)

 むのたけじ(武野武治)は、2016年に101歳で死去。生涯反骨を貫き「戦争絶滅」を訴え続けた。河邑(かわむら)厚徳は、そんな晩年の3年に密着し、『むのたけじ 笑う101歳』を書きあげた。敗戦を機に新聞社を辞め、地元の秋田で週刊新聞『たいまつ』を発行し、反戦の火を絶やさなかった。むのは、「死ぬ時、そこが生涯のてっぺん」と言い、笑って死を迎える練習をしていたという。「民衆の側に立って嘘は書かない、事実だけを書く」。あっぱれな人生がここにある。

-----

岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』『気がついたらいつも本ばかり読んでいた』など

<サンデー毎日 2017年9月8日増大号より>

おすすめ記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. クマの出没、山口県内で相次ぐ 過疎化で生息域管理難航、進出域拡大
  2. JR北海道 猛暑で運休 レール変形の恐れ
  3. 尾を引く丸山穂高議員の「戦争」発言 問題行動も次々 北海道内外で波紋
  4. ORICON NEWS 岡田准一『白い巨塔』最終話15.2%の高視聴率で幕 5話平均は13.3%
  5. わこ盲導犬贈呈プロジェクト 30頭で活動に終止符 視覚障害者支援は継続 /広島

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです