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SUNDAY LIBRARY

著者インタビュー 吉岡乾 『なくなりそうな世界のことば』

少数言語が消えていっても世界の多様性は失われない

◆『なくなりそうな世界のことば』吉岡乾・著(創元社/税別1600円)

 私たちは、毎日あたりまえのように言葉を使う。しかし、日本語にしても千年前のそれとはかなり変化しているし、そもそも赤ちゃんの頃は話すことができなかったはずだ。身近すぎて空気のようだけれど、言葉は安定的に自分を包んでいるものではなく、刻々に移ろってゆく流動的な存在なのである。

「言語研究者に依頼して、世界の50の少数言語の中から“その言葉らしい”表現を選んでもらいました。集まった単語について私が紹介の文章と解説を書き、西淑(しゆく)さんにイラストで表現していただいたのがこの本です」

 吉岡乾さんはそう語る。話者の数が100万人を切った言葉を少数言語とみなし、それぞれの文化や風土を反映した単語たちが見開きページごとに次々に登場する。例えば、パプア・ニューギニアで使用されるトク・ピシンで「ナティン」といえば、「普通の」「特にさしたることのない」という意味で、砂糖を入れないコーヒーも、目的のない訪問も、共に「ナティン」と表現される。あるいは非常に長い表現が得意なコリャーク語で「ウィヌクジュガージュトゥグル」(絶対に覚えられない!)といえば、この単語一つで実に「7月末から8月初めに種雄トナカイが角を磨くときの暑さ」を表す。

「話者の数が多い大きな言語は、切り分けが細かくなっている気がします。日本語は植物や虫の名前が豊富で、出世魚なんて成長につれて名前が変わりますね。これは日本人が魚に多大な関心を寄せてきていた証拠です。ぼくが調査しているような言語だと『あの虫? 名前なんてないよ、ただの虫だよ』ということになったりする。ところが少数言語でも、生活に密着していることだと事情は違っていて、例えばチベット語では、動物の糞(ふん)に関して、どの動物なのか、どんな状態なのか、細かく分類されています。これは背景に牧畜文化があるからです」

 インターネットの普及で、英語のような世界言語がますます強大になり、少数言語は減るいっぽう……とイメージしがちだが、そう単純ではないという。

「少数言語は、言語として消滅する傾向にあります。しかしいくら英語が普及したとしても、地域ごとに違う特徴を持った英語が発達するのは明らかで、一概に世界の多様性が消えてしまうとも言えません。ラテン語という、かつては一つだった言語から、今日のフランス語、イタリア語、スペイン語などが生まれてきたわけですから」

 パキスタンのウルドゥー語からスタートした吉岡さんは、ブルシャスキー語をはじめ、七つの言語の研究者だ。なんと、七つともすべて、日本での研究者は吉岡さんただ一人だという。

「世界中で研究者がぼく一人という言語もあります。一人だったらいきなり第一人者になれますからね(笑)。一人で文法書と辞書と物語集を作ってます」

 「消えゆく言葉を記録しなければ、という義務感からの行為です」とも言う。どうあがいても消える言語は消えてゆくだろうけれど、地上にほとんど話す人もいなくなった言葉に孤独に向き合うことの尊さに思いを馳(は)せると、不思議と豊かな気持ちが湧き上がる。(構成・北條一浩)

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吉岡乾(よしおか・のぼる)

 1979年、千葉県生まれ。東京外国語大学大学院博士課程修了。現在は国立民族博物館助教。フィールド言語学者として、ブルシャスキー語をはじめ、七つの少数言語(パキスタン近辺)の研究に従事している

<サンデー毎日 2017年9月8日増大号より>

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