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歌えない「故郷」

東日本大震災6年半/4止 「自然と暮らす」再び 村民の思い、込めた4番

同級生と一緒に祖父母の細杉朝雄さん(右から2人目)と今朝代さん(同3人目)の家を訪れたくるみさん(同4人目)=福島県飯舘村で、喜屋武真之介撮影

までいの心めぐりて 私たちの故郷

 福島県飯舘村の避難指示が解除された3月31日、帰還する人たちが村の「おかえりなさい式典」に集まった。唱歌「故郷(ふるさと)」の合唱が始まると、細杉今朝代(けさよ)さん(62)は、先祖代々の土地を離れた6年の暮らしが頭を駆けめぐった。

     一つ驚いたことがあった。この歌に4番が加わっていたことだ。

     <胸に生きる思い出 いつも村を思わん までいの心めぐりて 私たちの故郷>

     4番の作詞は昨年の村制60周年の記念事業として村が発案した。原発事故で福島市に移転している飯舘中の生徒がそれぞれ歌詞を作り、福島市の詩人、伊武トーマさんが昨年8月に一つにまとめあげた。

     歌詞にある「までい」は、「丁寧に」「心を込めて」という意味の方言だ。人間本来のゆとりある生活や、自然とのつながりを大切にしてきた村のキャッチフレーズでもある。

     村で今朝代さんは、夫朝雄さん(67)と長男夫婦、孫4人の8人で一つ屋根の下に住んでいた。家族総出で田植えをし、丹精込めて育てた野菜を食卓に並べる「までい」の暮らしだった。原発事故で福島市に逃れた。避難指示解除後に夫と2人だけで村に戻り、荒れ果てた田畑を除染して少しずつ手を入れてきた。

     4番の作詞には、孫で飯舘中3年のくるみさん(15)も参加していた。考えたのはこんな歌詞だ。

     <家の裏のハス池 祖母と私のヒミツ基地 幼い私の楽しみ なつかしいな故郷>

     幼い頃、祖母におぶわれて行った近くの池にはミズバショウが咲き、ワサビが育っていた。オニヤンマのヤゴを捕って遊んだ。

     私がこの歌詞を伝えると、今朝代さんは泣いた。「そばにいたら抱きしめてあげたい。避難した時は、ほんの子どもだったのに。心の中でふるさとを覚えていてくれたんだ」

     今朝代さんはこの夏、畑で育てたキュウリやナス、トマト、オクラなどを食卓に並べることができた。「夢がかなったみたい」。自然とともに生きた暮らしが戻ってきた。

     飯舘中は来春、7年ぶりに村に戻る。でも村内に高校はなく、くるみさんは帰ることができない。今朝代さんから「どこさ行くんだ?」と進路を尋ねられ、農業や園芸に興味を持ち始めていると伝えた。「植物に関わっていれば、飯舘村とつながっていられるから」

     今朝代さんは孫の言葉に励まされた。「ここが『自分のふるさとだ』って思ってもらえるよう、一生懸命に畑を手入れしたい」

     までいの村で震災後、初めて迎える秋。今朝代さんの庭にコスモスが揺れていた。=おわり(この連載は奥山はるなが担当しました)

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